STEAMの「A」は未来をえがく力 ― ジャズピアニスト・数学研究者 中島さち子

中島さち子さん記事アイキャッチ
Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)の頭文字をとって名付けられたSTEM教育

「社会はますますデジタル化していくのに、理工系の人材は不足している」

日本全体に危機感が高まったこともあり、理工系の科目を横断的に学べる教育方法として注目が集まっています。

STEM(ステム)教育とは?日本と海外の現状をわかりやすく解説

21世紀型の新しい教育「STEM(ステム)教育」が世界各国で導入され始めています。その具体的な内容は?STEAM(スティーム)教育とは何が違う?日本のSTEM教育の現状は?くわしく解説します。

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そんなSTEM教育は、最近では「A(Art / Arts)」の要素を加えたSTEAM教育へと進化。

理工系科目だけでなく、芸術やデザインの要素、リベラルアーツまでもを含めた越境的な学びがめざされています。

今回は日本人女性唯一の数学オリンピック金メダリストであり、ジャズミュージシャンでもあるSTEAM教育家・中島さち子さんにインタビュー。

内閣府STEM Girls Ambassador(理工系女子応援大使)、経産省「未来の教室&EdTech」研究員のみならず未来の教室プロジェクト実証事業メンバーも務めるマルチタレントな中島さんに、STEAM教育の重要性や現状の課題、女の子への教育などについて幅広く語っていただきました。



学研×Music Blocksのワークショップで研修を行う中島さん


「Music Blocks」を使用、教員向けプログラミング教育ワークショップ開催

2018年8月1日、教員向けの「Music Blocks ワークショップ」が行われました。「Music Blocks」は音楽とプログラミングの融合したアメリカ発の教育ツールです。イベントの様子を詳しくレポートします。

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川崎フロンターレ主催、小学生対象のSTEAM教育イベント体験レポート

朝日新聞×川崎フロンターレ(STEAM Sports Lab.監修)による、小学生向けのサッカーイベント『STEAM×Soccer』が開催された。当日の講師はジャズピアニスト、数学者、STEAM教育者の中島さち子氏。リヴァプールやバルサ、フロンターレといった強いチームの陣形は、実は数学的にも美しいとのこと。サッカー×算数という異色の組み合わせのイベントを体験しました。

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21世紀は「A」が変える


—中島さんはSTEAM教育の普及活動をされていますが、STEM教育がSTE「A」Mになった経緯を教えていただけますか。

STEM教育「A(Art)」を加えたのは、MIT(マサチューセッツ工科大学)出身でロードアイランド・スクール・オブ・デザインの前学長を務められたジョン・マエダさんです。

「20世紀の世界経済はサイエンス(科学)とテクノロジー(技術)が変えたけれども、21世紀の世界経済はアートとデザインが変える」

マエダさんは「A」の重要性を説かれ、「STEM」を「STEAM」にしたんです。

—21世紀という時代を踏まえて「A」の要素を入れたんですね。

ただ、「アート」と言われても「絵を描くってこと?」とピンとこない人もいます。中島さんなりの「A」の定義はありますか。

アートの定義をいろいろ考えてみたのですが、一番は「世界を見る新しい視点を生み出す」かなと。

20世紀は、すごいスピードで社会や技術が発展した時代でした。より効率的に、より高性能に、より安く……と、社会の追い求める方向がある程度統一されていた。

それが今では、製品の性能も「このへんでいいだろう」まで来た。そうなると改めて「幸せってなんだろう」の問いが立ち上がってきたんです。


effective(効果的)だとか、efficient(効率的)だとか。それだけでいいの?と問われるのが現代。未来もどんな形をしているか分からない。じゃあ自分たちで作っちゃえ!ですよね。

「こういうものがあればいいな」「誰かが喜んでくれそう」を考えて、自分たちなりに未来を描く。それこそがアートの力であり、感性共感力の範疇だと思うんです。

STEM 教育には移民教育向上の目的も

—20世紀の話が出ましたが、STEM 教育には確かに「理工系人材を増やそう」という響きも感じます。

STEM教育が始まったのは21世紀の初頭で、大きく広まったきっかけはオバマ大統領による国策です。その背景には国の経済発展への危機感と移民対策の必要性がありました。

STEM職では手が足りていない一方、移民には仕事がない。そのミスマッチを解消しようと多額の予算をかけたんです。

移民や貧しい方々にも良い教育を届けたい想いと、今後の経済発展やイノベーションにはSTEM の要素が欠かせない事実が掛け合わされた国策だと言えるでしょう。

—そこに「A」が加わって、より21世紀的な響きをとらえたと。

21世紀からはAIがいろいろやってくれるかもしれない。間違いなく経済システムも変わっていくし、いずれ「お金」の概念もなくなるんじゃないかと言われています。

「仕事を奪われる」とか、変化を怖がる人もいるかもしれません。でも、作業的な仕事が減れば創造的な仕事に注力できるはずです。

創造性は私たちみんなが持つ力です。凝り固まった思考を解きほぐせば創造性が解放される。そうなってほしい!という願いが「A」に込められているんです。

学研×Music Blocksのワークショップでは、リズム遊びも交えてSTEAM教育の重要性を説かれた


私は2017年、カーレーサーであり現在は日産社外取締役を務められる井原慶子さんとともに、これからはスポーツや身体性の要素も大切だとして「STEAMS(STEAM + Sports/Shintaisei)」という言葉を発信しました。

これからは心や頭だけでなく、身体を動かし、五感を総動員する学びが大切だと。

その流れもあり、現在、スポーツとSTEAMを掛け合わせた新しい学びの模索も行なっています。

鍵は、発見・試行錯誤・創造・共有の喜び

—STEAM教育を普及するにあたり、大事なのはズバリ何でしょうか。

STEAMS 教育でもっとも大事なのは<発見・試行錯誤・創造・共有>の喜びです。

知識を受け取るのではない。知を創り出すことを自ら喜びをもって体感すること。この創造の喜びやワクワクがなければ、そもそも STEAMS ではない。

そのもとで、STEAMS 教育が誤解されないよう私が主張しているポイントが3点あります。

それは、

①実践的な学び
②横断的な学び
③多様性のある学び です。

①実践的な学び

フロンターレイベントの写真

川崎フロンターレが開催した小学生向けワークショップでは、サッカーを算数の視点で解説


①実践的な学びは、これまでの日本が弱かったところです。

日本の学びは世界から一定の評価を受けていますし、教科書もよく出来ています。ただ、社会とのつながりや他教科との横断に関してはまだまだ弱い。

算数・数学でも「社会のどこで使われているの?」が分かりにくいんです。

STEAM教育では、現実から学びがスタートします。中国の教科書だと「橋」がテーマになっていましたね。橋を観察して、どういう形が強いのかな?と考えたり、実際に作ってみたり。

誰かが作った橋をただ使うのではなく、創り手目線で改めて橋を見直すことで、物理や技術、工学、アートやデザイン、歴史、社会、数学を自然と学ぶことになります。

楽しい試行錯誤の中で、感性と思考を酷使しつつ主体的・体験的に学ぶのです。

②横断的な学び

Music Blocksは数学とアート、プログラミングが融合した教育ツール


②横断的な学びについては、たとえば他教科の先生とは全然喋らないとか、口を出せないといった科目ごとの分断、科目の「聖域」のイメージを解消したい。

一つ一つの学問の深さはもちろん大事ですが、ときには越境するのも大事です。

最近は大学でも「越境セミナー」のような催しがあって、多分野の研究者がお互いに意見を出し合い、そこから共同研究に発展するケースもありますよね。

学びのヒントはどこにあるか分からない。STEAM教育のように科目や分野の垣根を超えてワクワク試行錯誤し、何かを創り出そうとする過程こそが本来の学びの形だと思います。

③多様性のある学び


③多様性のある学びも、日本ではとくに強く主張したい。

プログラミングをあくまで知識やスキルとして学び「マニュアルに従って正しい形を作ろう」としたのでは、失敗しないかわりに試行錯誤も喜びも真の学びも生まれません。それは過去の知識を受け取る従来型の学びであり、知を創り出す術を学ぼうとする STEAMS ではない。

創造の過程で、考え方や結果は複数あるんだ、あっていいんだ!と学ぶことこそが大切なはずです。

日本の先生方は、真面目すぎちゃうことが多いのかなと。「お給料や費用をもらっているから、しっかり正しい知識を効率よく教えなきゃ!」と構えてしまう。結果的に、同じような作品がずらりと並ぶ。でも、それでは現代に必要な力につながりません。

「遊び」は「学び」の対局ではない。むしろ学びの本質は遊びだと思っています。

楽しさの中にこそ、学びは溢れている。

正しい内容を学ぶだけなら機械でもできる。本来の学びとは、楽しく本気で遊び、試行錯誤し、多様な発見や独創的な創造、共有を繰り返しながら、自ら喜び、誰かを喜ばせたいと願う中でダイナミックに生まれてくる。

イノベーションも同じですよね。その STEAM のカギをしっかり伝えたい。

“バズる”海外、広まらない日本

—中島さんは世界的に活躍されていますが、STEAM教育について日本と海外で反応の差はありますか。

海外では”バズっている”印象です。とくに中国の富裕層は教育に力を入れているので、お金を払ってでもSTEAM教育を受けさせたいと考える保護者が多いですね。

一方、日本ではあまり一般に浸透していないので、大きく反応が異なっています。

アメリカのSTEAM教育で使用されている教科書の写真

海外のSTEAM教育で使用される教科書。カラフルでワクワクするような見た目が子どもの好奇心を刺激する。


—同じアジアでも中国では支持を得ているんですね。どうして日本では評価されてこなかったのでしょう。

日本はものづくりや理科教育に自信があったと思うんです。「STEM?理系教育?それならもうやっていますよ!」というのかな。

海外のものがすべて良いとは限らないけれども、世界の潮流がSTEM教育、STEAM教育のようなプロジェクト型の学びであることは事実です。

プロジェクト型の学びは日本の科目別教育とはかなり様相が異なり、より実践的・横断的・創造的な、ワクワクする学びになっています。

ものづくりの楽しさを試行錯誤しながら、気付けばプログラミングや回路のことが分かっている……。

いわゆる「お勉強」ってイヤなイメージがありますよね。それは諸外国でも同じ。だからこそ世界では今、STEM教育、STEAM教育のような、楽しくて、何かをみんなで創りだす学びが求められているんです。

スマホさえあれば一流大学に入れる時代

—STEAM教育以外に、日本と海外で差を感じるのはどういった点ですか。

海外だとMOOC* が発達していますね。貧しい地域の子ども達でもスマートフォンは持っていることが多いので、やる気さえあればお金がなくても学べます。

* Massive Open Online Course(大規模公開オンライン講座)。
インターネットを介して大学等の講座を受けるしくみで、一定の成績基準を満たせば単位も取得できる。
受講は基本的に無料。スタンフォード大学やMIT、ハーバード大学といった有名大学の講座も受けられる。


中にはMOOCで一流大学の授業を受けるうちに学力を認められ、特待生で入学する子もいます。世界的にはドラスティックな教育革命が起こっているんです。

日本にその影響が感じられないのは、ひとえに授業が英語だから(苦笑)。日本でも日本なりに、さまざまな新しい学びの受発信が生まれてくることを願います。

—うーん。日本でもYouTubeなどで発信している先生はいますが、どのくらい視聴者がいるかは……。

日本だと「しゃべり」が上手な先生が人気を得る傾向にありますよね。ちょっとお笑いっぽかったりとか。テレビタレント的というのかな。

海外のMOOCはしゃべり以前に「その人がワクワクしているか」が問われるんです。たとえしゃべりが上手くなくても、その人自身が大好きなものを語っているかどうかが大事。研究者のワクワク感が伝わると、見ていて楽しいですよね。

Music Blocks開発者であるワルター氏、デビン氏もまた、遊び心にあふれた方だった


公的文書に初めて「STEAM教育」が登場

—中島さんは内閣府のSTEM Girls Ambassador、経産省の「未来の教室&EdTech」研究員や実証事業メンバーを務められていますね。日本の行政機関の動向はどうでしょう。

目立った動きとしては、文部科学省の「Society5.0に向けた人材育成」の文書で初めて公的にSTEAM教育という言葉が入りました。この意義は大きいと捉えています。



STEAM教育では、創ることや現実社会とのリンク、実践を重視します。知識を受け取るのではなく創りだす。さらには実社会で生かしていく。その視点が重要です。

その実学的な側面に反応したのが経産省です。従来の学びよりも、より現代社会の中で生かされる学びかどうか。それは、安直に、企業や経済で必要な知識・スキルの人材を機械のように量産することでは絶対にないはずです。

EdTech なども活用しながら、より楽しく創造的な、本質的な学びに立ち返ること。それこそが現代に求められる学びの変革であり、未来の人々の生きる喜び・幸せへと繋がっていく。今回の経産省のように、行政が動くこと、その挑戦に関われることは、ありがたいと感じています。

(後編へ続きます)

保護者の間でも少しずつ認知が広がり、注目を集めるSTEAM教育。ものづくり大国として理数系教育に自信があったからこそ普及が遅れた……という指摘には興味深いものがありました。

インタビュー後編では女の子・女性への教育や忙しすぎる教員の問題、教育格差などについてお伺いします。

「女性の多いワークショップに、男性が一人混じると……」

多くの現場を見られてきた中島さんから、衝撃のエピソードが語られます。


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