ビスケットカンファレンス2025レポート「AI時代のプログラミング教育を問う」
2025年8月4日、東京女子体育大学で開催された「ビスケットカンファレンス2025」では、この根本的な問いに正面から向き合う議論が繰り広げられました。
「こんなときこそビスケット」をテーマに掲げた今回のカンファレンスで、参加者たちが目にしたのは、AI技術によって劇的に変化するプログラミングの世界と、その中でビスケット(Viscuit)が果たすべき役割についての深い洞察でした。
ビスケットカンファレンス2025開催概要

ビスケットカンファレンス2025は、今年で3回目を迎えるプログラミング教育の専門会議です。
ビスケット(Viscuit)は、原田康徳博士によって開発された、絵を使って直感的にプログラミングを学べるビジュアルプログラミング言語です。20年以上にわたって子どもたちのプログラミング教育に貢献してきました。
今回のカンファレンスは、人工知能の急速な発展によってプログラミング教育が大きな岐路に立つ中、初めてのハイブリッド開催となりました。2025年8月3日(日)にはプレイベントとして小学生から参加できるワークショップが開催され、翌4日(月)にメインカンファレンスが行われました。

ポスター発表
メインカンファレンスでは、口頭発表やポスター発表を通じて、ビスケットのいろいろな活用事例や教育現場での実践報告が共有されました。参加者同士の活発な質疑応答も行われ、現地参加者とオンライン参加者が一体となって議論を深めました。
本レポートでは、基調講演と寺本氏×原田博士の対談を中心に、その内容をお伝えします。
基調講演:寺本大輝氏「AIエージェントが変える世界」

基調講演を行う寺本大輝氏
HackforPlayから始まった挑戦
基調講演の壇上に立ったのは、HackforPlay(ハックフォープレイ)の開発者として知られる寺本大輝氏でした。石川高専時代にゲームを改造してプログラミングを学ぶソフトウェアを開発し、IPA未踏事業に採択された経歴を持ちます。「私が作っているゲームは、絶対にクリアできないように作られています」と寺本氏は語り始めました。
敵の体力が10万に設定されているゲームで、プレイヤーは通常の攻撃では決して勝利できません。しかし、ここからがHackforPlayの真骨頂です。プレイヤーは直接ゲームのプログラムを改造してクリアをめざすのです。

「敵の体力を表す『10万』という数字をプログラムコード内で見つけて『1』に変更すれば、敵は一撃で倒せるようになります。同様に、自分の攻撃力を『1』から『999999』のような巨大な数値に変更することも可能です」
この仕組みにより、子どもたちは「プログラムを変更すると、ゲームの動きが変わる」という因果関係を直感的に理解できます。
従来のプログラミング学習のように文法を暗記する必要はなく、「数字を変えるだけで強くなれる」という成功体験を通じて、プログラミングが難しいものではなく楽しいものであることを実感できるのです。
この体験を起点とした学習アプローチが、寺本氏の一貫した理念でした。
Devinによる衝撃的な変化
しかし、2024年末、寺本氏の世界観を一変させる出来事が起こりました。Devin(デビン)と名付けられた「世界初の自律型コーディングAIエージェント」との出会いです。「Devinは自分のパソコンを持っていて、指示したらプログラミングをやってくれます。まるで遠隔地に住んでいるプログラマーのようです」
会場では実際にDevinのデモンストレーションが行われ、AIが人間同様にブラウザを操作し、検索を行い、プログラムを作成する様子が映し出されました。

寺本氏が「Devin観察日記」と名付けたブログで紹介したエピソードは特に印象的でした。
居酒屋の2次元バーコード注文システムを使ってDevinに注文を任せたところ、お会計ボタンを押してしまい飲み会が強制終了になったり、UberEatsで牛丼が2つ届いたりといったハプニングが続出しました。
「妻に毎日のようにAIの話をしても『ふーん』という反応だったのが、Devinが牛丼を2つ頼んじゃった話は爆笑してくれて、わざわざブログまで読んでくれました」と寺本氏は振り返ります。
これらの失敗談を通じて、AIが完璧ではないことを知り、むしろ親しみやすい存在として感じられるようになったのです。
AI時代のプログラミングパラダイム

続いて寺本氏は、現在のAIブームの核心にあるLLM(Large Language Model:大規模言語モデル)について解説しました。
「LLMが2023年から爆発的に賢くなったことで、生成AIの発展が起きました」
特に注目すべきは「Voice Coding(ボイスコーディング)」という概念です。
これは「マウスもキーボードも使わず、ただ英語を話すだけで、ソースコードを見ることなく開発していく」手法。プログラミングのパラダイム(どのような考え方でプログラムを書くかの枠組み)を根本的に変える可能性を秘めています。
興味深いことに、AIの発達によってプログラマーの仕事が減っているわけではないと寺本氏は指摘します。
「PowerPointの代わりにWebサイトを作って説明する時代が来ています。AIが書いたコードなら、いらなかったら躊躇なく捨てられるため、プロトタイプ制作の敷居が大幅に下がりました」
AIの2つの活用方法

写真撮影にも気軽に応じてくださった寺本氏
寺本氏は、AIの使い方を「ツールとして使う」と「パーツとして使う」の2つに分類しました。
ツールとしての使用例では、ChatGPTがプログラミング教育に関する包括的なレポートを自動生成したり、ラーメンの写真から店名とメニューを特定したりする事例を紹介しました。
「パーツとして使う」方法では、自分のサービスにAI機能を組み込む事例が紹介されました。
「5年前だったら、流暢に喋るAIチャットボットを、いち企業が作ることは不可能でした。今は20行程度のプログラムで実現できます」
AIの技術的ハードルが劇的に下がったことで、個人や小規模な開発チームでも高度なAI機能を活用したサービスを構築できる時代が到来したのです。
寺本氏の基調講演は、AI技術の現在と可能性を示すとともに、プログラミング教育の根本的な変化を予感させる内容でした。
寺本氏×原田博士対談「AI時代のプログラミング教育を問う」

ビスケットカンファレンス2025で対談をする寺本氏と原田博士
基調講演後のセッションでは、HackforPlay開発者の寺本大輝氏とビスケット開発者の原田康徳博士による対談が行われました。
AI技術の急速な発展がプログラミング教育に与える影響について、開発者の視点から率直な議論が交わされました。
AIに奪われる恐怖と新たな可能性「開発者が語るアイデンティティクライシス」

司会: まず、寺本さんがDevinと出会って「アイデンティティクライシス」を起こしたというお話から聞かせてください。
寺本氏: 2024年にDevinを初めて見た時、本当に呆然としました。8年間「全ての人がプログラミングを楽しむ世界」を目指してHackforPlayを作ってきたのに、AIがそれを一瞬で実現してしまうように見えたんです。
自分のやってることの意味が感じられなくなって、その結果が先ほどお話しした居酒屋での注文実験やUberEats実験だったんです。
原田氏: その気持ちはよくわかります。私もDevinに何かを作らせるのはまだ怖くて試せていません。でも一方で、AIが代わりにやってくれるなら楽になれるかもしれないとも思います。
司会: AIに対する反応は人によって大きく違うようですね。
寺本氏: そうなんです。未踏プロジェクトのメンターや稲見昌彦教授のような方々が「Claude Code(AIがコードを自動生成してくれるツール)でアプリを作りまくっている」と嬉しそうに語る姿がとても印象的でした。
今までプログラミングをしていなかった人たちが、AIのおかげで自分のアイデアを形にできるようになって喜んでいるんです。
原田氏: 一方で、60代でバリバリ現役のプログラマーと飲んだ時は「AIは嫌だ」と言っていました。楽しくて仕方がないプログラミングを奪われるんじゃないかという恐怖があるんです。現在プログラミングをしている人ほど抵抗感が強い傾向があるようですね。
司会: そうした中で、ビスケットのような教育ツールの役割はどう変わるのでしょうか。
原田氏: 実は最近、ビスケットにも新しい機能を追加しました。テキストで「魚を4つ置いてください」と指示すると、ビスケットが自動でその通りに実行してくれるんです。日本語での指示でプログラミングができるようになりました。
寺本氏: それは面白いですね!テキストプログラミングをVoice Coding(音声でのプログラミング)にすると圧倒的に楽になりますが、ビスケットの場合はまた違うアプローチができそうです。

Viscuitの画面「メガネ」が特徴的
ビスケットの「メガネ」(条件と結果を視覚的に表現するプログラミングの仕組み)で、あらゆるプログラミングができるようになったら面白い!
原田氏: まさにそうです。コンピューターサイエンスには「項書き換えプログラミング」という概念がありますが、通常はテキストを書き換えるのに対し、ビスケットは絵の配置を書き換える。メガネの中に入るのがテキストではなく絵なんです。
プログラミング教育は本当に必要か?AI時代の教育論争

司会: 参加者から根本的な質問が来ています。「AIの登場によって、プログラミング教育そのものが必要なのか不要なのか」という質問です。
寺本氏: 正直に言うと、本当にわからないんです。
私のデモを見て何かを学んだかというと、別に技術的なことを学んだわけではありません。でも、「こんなことができるんだ」ということを知らないで生きるのと、知って生きるのでは大きな差があると思います。
AIの使い方を学ぶ教育はあまり必要ないと思いますが、今世の中にどんなAIがあって、何ができるのかを知る機会は重要です。
原田氏: 実は私は、プログラミング教育の必修化には当初から反対だったんです。なぜなら、こうなることが予想できていたから。文法を覚えるようなレベルのプログラミング教育は、AIによってすぐに不要になると思っていました。
司会: では、何が必要になるとお考えだったのですか。
原田氏: ビスケットでのトライアンドエラーの経験です。実際に手を動かして、試行錯誤を繰り返し、「なぜこうなるのか」を考える体験。これこそがAI時代でも必要なはずだと考えて、ビスケットを作ったんです。今日寺本さんにお話しいただいたのも、私の意図通りです。
司会: 学校現場でのAI導入について、具体的なアドバイスはありますか。
寺本氏: まず先生が使いまくること、これしかないと思います。
今、先生も子どもも大人も、誰もAIに詳しくないんです。先生がわからないから子どもに教えられないという不安があるのは当然ですが、パソコンやインターネットが登場した時と同じように、多少のミスがあってもどんどん使って身につけるしかありません。
原田氏: 私も最初は本当に嫌で怖かったんです。でもAI入門書を読んで、どういう仕組みで動いているのかを理解してから使えるようになりました。お米がどうやってできるかを知るように、根っこの部分を知ることで気持ち悪さが減るんです。
司会: 最後に、お二人が考えるプログラミング教育の未来について聞かせてください。
寺本氏: 誰も正解を持っていないのが現状です。だからこそ、みんなで一緒に考えていくことが大切だと思います。
原田氏: AIがどれだけ発達しても、創造的な思考や試行錯誤の経験、そして「なぜ」を問い続ける姿勢は変わらず重要です。ビスケットが提供するそうした学習体験が、AI時代にこそ価値を持つと信じています。

対談を通じて浮き彫りになったのは、AI時代におけるプログラミング教育の根本的な変化でした。
コードの文法を暗記することから、創造的な思考と試行錯誤を通じた問題解決能力の育成へ。その転換点において、ビスケットのような直感的な学習ツールの意義が改めて確認されました。
まとめ
ビスケットカンファレンス2025で展開された議論は、単なる技術論を超えて、教育の本質に迫るものでした。原田博士が20年前にビスケットに込めた思想「トライアンドエラーを通じた創造的な学習」は、AI時代においてより一層重要性を増しています。技術が変化しても変わらない教育の核心は、アイデアを発想し、試行錯誤を重ね、失敗から学び、創造的な解決策を見つける能力なのです。
会場から投げかけられた「プログラミング教育は必要か不要か」という根本的な問いに対し、明確な答えは出ませんでした。
しかしそれこそが重要な示唆です。答えのない問いに向き合い、多様な視点で議論し、共に考え続けることが、AI時代の教育に求められる姿勢なのかもしれません。
寺本氏が語った「誰も答えを持っていないものなんだから、一緒に考えましょう。みんなで考えましょう」という言葉が、ビスケットカンファレンス2025が参加者全員に贈った最も大切なメッセージだったのではないでしょうか。
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