秩父市|地域全体のインフラ課題を解決する、行政主導の「ドローンの社会実装」
とくに少子高齢化やそれに伴う産業空洞化・働き手の県外流出の進む地方創生において、テクノロジーの活用は自治体としての「生き残り」に直結した課題です。
こうした状況に対して、秩父市ではドローンをはじめとした先端技術の社会実装に取り組んでいます。秩父市の取り組みや今後の展望について、秩父市役所の産業観光部・先端技術推進課で課長を務められている笠井知洋氏、同じく先端技術推進課・主査の山中伸吾氏に取材しました。
自然あふれる街に求められる、新時代の物流インフラ構築
――まず、秩父市の特徴と現在直面している課題についてお聞かせください。笠井:
秩父市は約6万人の人口を持ち、市域の87%が森林という、山々に囲まれた自然豊かな街です。春には桜、秋には紅葉が美しく色づき、年間約600万人もの観光客が訪れます。アニメの聖地としても知られており、若い世代の観光客も多く訪れる魅力的な地域です。

羊山公園 芝桜の丘 毎年4月上旬〜5月上旬が見頃

「日本三大曳山祭」の1つである秩父夜祭。毎年、12月2日(宵宮)・3日(大祭)の日程で行なわれます。
笠井:
その一方で、目下最大の課題は、少子高齢化による人口減少です。19年前の合併時と比べると、約1.5万人もの人口が減少しています。また、災害時の孤立地域も課題の1つです。
山中:
特に大滝地域では20の地区があり、その多くが山間部に位置しているため、災害時のインフラ分断や観光シーズンの大渋滞による市民生活への影響は深刻です。
実際に2014年2月の大雪では1.0〜1.3メートルの積雪を記録し、このトンネルが雪で埋もれて地域が孤立する事態が発生しました。

大滝地区トンネル
また大滝地域にある三峯神社では、毎月1日に『白』い『氣の御守』というお守りを頒布していましたが、頒布日には大きな渋滞が発生していました。現在は頒布を行っていませんが、2018年4月1日には約25kmにわたる渋滞を記録し、地域住民の生活に影響が出たこともあります。

三峯神社付近では渋滞が発生することも
――そうした課題に対して、なぜドローンやモビリティの活用を推進することになったのでしょうか。
笠井:
きっかけの一つは物流の課題です。国土交通省には物流政策課があり、都道府県レベルでも取り組みがありますが、基礎自治体である市区町村では物流への関与が少ないのが現状です。
大滝地域では、一部物流事業者の再配達サービスが停止されるなどの状況があります。
行政として物流に関与する必要性を強く感じたことが、モビリティ活用に直結しました。
一方で、大滝地域はもともとドローンに対しての懸念が強い地域でした。東京大学の演習林での実証実験中にドローンが落下して火災が発生するという事故があり、新技術への不安が根強く残っていたんです。
しかしコロナ禍で地域が落ち込むなか、未来技術によって地域に光が当てられることを好意的に受け止めてくれる方も多く、今では医薬品配送や免許返納後の輸送手段として、ドローンへの期待が高まっています。
山中:
もともと秩父市は2016年10月から、エンルートという会社との「災害時におけるドローン等による支援活動に関する協定」によりドローン活用を開始し、2017年4月にはゼンリンと東京電力ベンチャーが提唱する「ドローンハイウェイ構想」に参画した自治体の1つではあったんです。
その後、総務省からの交付金を活用したSociety5.0事業として大滝地域をモデル地域に選定し、今年度中に社会実装段階まで進める計画を立てました。
生活必需品から「心の支え」まで届けたドローン配送
――社会実装の具体例として、どのような成功事例がありますか。笠井:
最も印象的な事例が2022年9月13日に発生した土砂崩れへの対応です。県道210号線でロックシートの設置箇所が崩落し、道路が分断される事態となりました。
幸い通勤時間帯前の出来事だったため人的被害はありませんでしたが、冬季には完全孤立が懸念される状況だったのです。この危機に対し、パートナー企業であるゼンリンさんが即座に対応を申し出てくれました。
現地は通信環境が整っていないためドローンの飛行が困難でしたが、KDDIを通じてSpaceXのStarlinkを活用する案を提案いただき、日本初となるStarlinkを活用した定期配送を実現しました。
こうして2023年1月26日の初フライトから3月30日までの間に28フライト実施し、合計100キロの物資を運びました。
安全面と極寒によるバッテリー消耗を考慮し、1回あたりの積載量は3.5キロから4キロに抑えましたが、この取り組みは単なる物資輸送以上の意味を持っていました。

山中:
当初は住民の中で「最低限必要なものしか頼んではいけない」という空気感があったようで利用は控えめでしたが、「缶ビールやタバコも運べますよ」と提案すると、積極的な要望が寄せられるようになりました。
第1回のフライト後は集会所に集まった住民たちの表情が一変し、子供のような笑顔を見せてくれました。物流は生活必需品の供給だけでなく、住民の生きがいや心の支えを届ける役割も果たすのだと実感しましたね。
――秩父市ドローンコンソーシアムについて、その設立背景と現在の活動内容を詳しく教えてください。
笠井:
コンソーシアムは、2023年3月31日に首相官邸で発表された「デジタルライフライン全国総合整備計画」のアーリーハーベストプロジェクト「ドローン航路」選定ををきっかけに、2024年9月20日に設立しました。
このプロジェクトは180㎞以上の長距離を移動するドローン航路を整備するもので、長野から北関東を経由して東京まで流れる送電網の整備も内容の1つでした。そこで、秩父市が先行実施地域として選ばれたんです。
実はこの選定は事前の申請なく突然決まり、昼に流れたNHKニュースを見て初めて知ったという経緯があります。その後、2024年3月28日に浜松市とともにドローン航路の先行地域として正式に選定され、今年度から社会実装に向けた事業を開始しました。
計画では初年度150キロ、3年目までに1万キロ、10年後までに4万キロの航路整備を目指しています。

山中:
秩父市を通る送電線ネットワークは13の自治体にまたがっており、近隣自治体との協力が不可欠だったため、2023年9月20日に「秩父市ドローン社会実装コンソーシアム(CDC)」を設立しました。

現在、コンソーシアムには35の一般会員と18のオブザーバー会員が参画していますが、ドローン事業者だけでなく三井住友ファイナンスリースなどの金融機関も参加していることが大きな特徴です。
会員企業の協力を得て、ドローンの購入時のリース提供やスタートアップ向けの融資優遇など、新規参入を促す環境整備も進めています。
先日の内閣府防災テクノロジー展での講演後には新たな入会希望もあり、会員数は40程度まで増加する見込みです。
秩父市役所公式ホームページです。市政の情報、日々のトピック、イベント、観光、ビジネス情報などを提供しています。
https://city.chichibu.lg.jp/11006.html >
実証実験から社会実装へ。スマートシティ実現で成し遂げる地方創生
――ドローン活用以外にも、スマートシティ構想の一環としてさまざまな取り組みを行っているそうですね。笠井:
私たちの取り組みは大きく二つの軸があります。一つは2020年度から大滝地域をモデルとするSociety5.0事業で、ドローンによる物流や医薬品配送、遠隔医療などを展開しています。
もう一つは2022年度のデジタル田園都市国家構想推進交付金を活用したもので、横瀬町と連携してAIデマンド交通や観光MaaSの実証を行っています。
さらにオーバーツーリズム対策として、総務省の支援を受けてAIカメラを活用した渋滞情報の可視化にも取り組んでいるところです。たとえば三峯神社の渋滞対策では、駐車場の出入口や300メートル手前にカメラを設置し、データ収集による渋滞緩和を図っています。
――最後に、これらの取り組みを通じて実現したい未来像をお聞かせください。
笠井:
秩父市は消滅可能性都市に指定され、交付税交付団体という弱小な立場にありますが、ドローン活用では国内初の取り組みを複数実現してきました。
特徴的なのは、特定の企業に偏らない「色のついていない」取り組みを行っていることです。通信キャリアを例にとると、ドコモ・KDDI・楽天・ソフトバンクの主要4社すべてと協力関係を築いています。
2019年1月には国内初のレベル3飛行を実現し、2024年2月には準天頂衛星を活用したセキュリティ実証実験も行いました。2023年4月からは先端技術推進課という部署も設置し、ドローンだけでなく、企業誘致も含めた総合的な地域振興を目指しています。
すでに工場立地の問い合わせも来ており、若い人材の定着や新規雇用の創出も期待できます。
山中:
私たちの目標は、単なる実証実験の域を超えた本格的な社会実装です。官民連携によってドローン事業をはじめとする先端技術の活用を推進し、秩父市をドローンのメッカとして確立することで、他の地方都市にも希望を与えられる存在になりたいと考えています。
その一方で、私たちは「ドローンは課題解決の手段であり、目的ではない」という認識を常に持ち続けています。全国で実証実験が繰り返されるなか、社会実装にまで至らないケースが多いのは、この認識が逆転しているためかもしれません。
市長からも「ドローンの事業者が集まり、資格取得や研修ができる環境づくり」という明確な指示があり、その実現に向けて日々邁進しています。
東京電力による送電線点検へのドローン活用など、私たちの取り組みは着実に実を結びつつあります。これからも地域に根ざした持続可能な未来技術の活用を推進していきたいです。
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