こうした水中設備の点検調査サービスを展開している株式会社FINDiでは、水中点検に特化した設計の自家製ドローン「FF1」の販売も行っています。その取り組みや今後の展望などについて、同社で事業本部長を務める池田浩史氏に取材しました。
水中ドローンを使えば「専門家の目」で点検ができる
――貴社ではドローンを活用したインフラの水中点検を行っていると伺っていますが、改めて事業概要についてお聞かせください。池田:
当社はインフラ構造物の点検調査をサービスとして提供している企業です。これまで、インフラの点検は人が危険な場所に入って行う必要がありましたが、それをドローンに置き換えていく取り組みを進めているところです。
とくに上下水道や電力、港湾施設など、水を使用する施設に注力しています。そうした施設では取水路や放流路といった水を通す施設が埋設されているケースが多く、それらが主な「水中点検」の対象となっています。
——従来の点検方法と比べて、水中ドローンならではの利点を教えてください。
池田:
これまでの点検では、水を抜いて内部に入るか、ダイバーが潜って確認する必要がありました。そのため、飲料水の配水池のように「ダイバーを入れることが現実的でない」施設・設備においては、水を抜くしか方法がありませんでした。
一方で、ダイバーのなり手不足と高齢化も深刻な課題であり、点検が必要な時にダイバーを確保できないケースが増えています。また、そもそもダイバーを確保できたとしても、人命に関わる危険な作業であることには変わりありません。
水中ドローンを使用すれば、地上でリアルタイムに映像を確認しながら施設の専門家が「ここをもう少し詳しく見てほしい」「この角度から確認してほしい」といった具体的な指示を出せます。
構造物に詳しい専門家の目で状況を確認し、リアルタイムで必要な箇所を的確に撮影できる点は、点検そのものの品質向上にもつながっています。
――貴社では水中ドローン「FF1」を一般販売されていますね。特徴について詳しく教えてください。
池田:
一般的な水中ドローンはカメラとライトが前方を向いているのに対し、FF1は頭上にもカメラとライトを搭載しています。
この設計により、水が満杯ではない場所での点検時には、頭上のカメラを水面上に出してLEDで照らしながら撮影できます。バックライト環境でも頭上のライトによって十分な視認性を確保できるため、暗闇の中でも空気層の部分をしっかりと撮影できる点が特徴です。
重量バランスの面で難しい設計でしたが、点検のニーズに応えるために実現させました。
このような設計ができる背景には、当社の親会社が建設コンサルタントであるという強みがあります。インフラ構造物に関する知識や点検のノウハウを持つ人材がいることで、「この部分は傷みやすいから、このように撮影する必要がある」といった実務的な視点から機体開発を進めることができました。
——「FF1」に加え、自社調査では新型機である「FF2」も運用されているそうですね。それぞれの違いは?
池田:
FF1とFF2の違いは、一言で言うなら「軽トラ」と「トラック」のようなものです。FF1は通常の水中点検で活用できるものですが、FF2は特殊なニーズに対応する際に当社が使用する形となっています。
受託業務において、より高度な点検が必要な場合やパワーが求められる環境下ではFF2を活用していますね。
FF2はFF1と比べて大型化しており、ペイロード(搭載できる荷物の重量)を大きく取っているためさまざまなカメラやセンサーを搭載できます。バッテリー容量も増やしており、海などの潮流がある環境下でも安定して長時間の調査が可能となっています。
シミュレーターを活用し、濁った水でも点検できるパイロットを育成
――御社の開発体制や技術的なアプローチについて教えてください。池田:
一般的なドローンメーカーとは異なり、当社は「機体ありき」ではなく、点検に必要な機体を作り込むというアプローチを取っています。つまり、実際の現場で使用しながら常に改良を重ね、広く使えると判断できた段階で販売に踏み切る形です。
多くの実地テストを重ね、現場のフィードバックを設計に反映させることで、実用性の高い機体を実現しています。
――粉塵や高温などの特殊な環境下では、モーターの排熱などがうまくいかないこともあると聞きます。同様に、水中ならではの課題もあるのでしょうか?その対策も合わせて教えてください。
池田:
最大の課題は濁水環境への対応ですね。濁った水の中にドローンを沈めても、多くの場合は50センチから1メートル先までしか見えません。一般的な水中ドローンでは、たとえ十分な光量があったとしても、目的地までたどり着くこと自体が困難なのです。
この課題に対応するため、当社のドローンは360度ソナーを標準搭載しています。このソナー映像によって、自機の位置や周囲の状況を把握しながら、目的の場所まで安全に移動できるのです。
またFFシリーズは有線ケーブルによる通信を採用しているため、ケーブルが構造物に絡まるリスクもあります。
絡まった場合はケーブルを解いていく必要がありますが、不適切な操作をすると機体が前のめりになったり、ケーブルの張力による摩擦で機体が意図しない方向に引っ張られたりすることもあります。
当社ではこうした課題に対応するため、パイロット育成用のシミュレーターを開発しました。
実際の現場は狭く暗い上に濁っており、プールでは透明すぎて実践的な練習になりません。シミュレーターで実際の環境を再現することで、ケーブル管理なども含めた実践的なトレーニングができるようにしています。
――パイロット育成用シミュレーターについて、詳しく教えてください。
池田:
施設点検における水中ドローンの操縦は、ダイナミックな動きよりも地味な動きが重要です。対象物を見ながらゆっくりと横に動き、まんべんなく撮影できることや、安全に機体を回収できることが求められます。
シミュレーターでは、狭い空間での操縦や柱などの障害物との接触回避、ケーブルの絡まり対処など、実際の現場で起こりうるトラブルを事前に体験できるようにしています。
特にケーブル管理については、柱を回り込んだ際の絡まりや、それを解消するための後退操作など、現場での実践的なスキルを習得できるよう調整しています。
世の中には操縦シミュレーターは多くありますが、水中点検特有の細かな状況まで再現したものは、我々が初めて開発したのではないでしょうか。
音響検知でより精密な点検を提供
――冒頭で「水を使用する施設に注力している」とのお話がありましたが、具体的な導入実績について教えてください。池田:
たとえば下水処理場の放流路点検においては、全長200メートルほどの「ボックスカルバート」と呼ばれる構造物の点検に当社のサービスを活用いただいています。
これは処理場から海や川に浄化した水を流す設備で、ここは多くの自治体にサービスを提供している領域ですね。
また、浄水場では各家庭に飲み水を配る前に浄化した水を一時的に貯める「配水池」という構造物があり、そこでも水中ドローンを活用しています。他にも農業用水用の貯水池なども点検対象ですね。
電力関連では火力発電所や原子力発電所における海水の取水・放水路、水力発電所の放水路なども点検しています。これらは延長が100メートルから数キロメートルに及ぶ場合もあります。
最近特に力を入れているのが、大型貨物船の船体点検です。200メートルから300メートルにも及ぶ船体の汚れや貝の付着、プロペラ部分の損傷などを点検するのですが、まるで巨大な壁を確認するような作業になります。
特に船底は曲線的な形状をしており、頭上を見上げながらの撮影が必要となるため、当社の技術が特に活きる現場となっています。
――FFシリーズが活用できる場面は多そうですが、意外な用途や特殊な事例はありますか?
池田:
下水道関連で、配管の接続部から水が漏れているものの、場所が特定できないというケースがありました。完全な濁水環境で目視での確認は不可能でしたが、ソナーを活用することで漏水箇所を特定することができました。
音響による異常検知が、予想以上に効果を発揮した例ですね。このような災害対応では、通常以上に人手不足が深刻になり、かつ損傷箇所に人を入れることも危険です。
下水道の不具合は日常生活にも影響を及ぼすことはもちろんですが、道路陥没などの重大な事故に繋がる可能性もあるため、迅速な対応が求められます。水中ドローンによる調査は、緊急時でも安全かつ効率的な対応ができる手法だと言えますね。
――今後のドローン開発について、具体的な展望を教えてください。
池田:
空中ドローンであればレーザーなどさまざまな計測機器が使用できますが、水中では使える機器が限られています。そのため、当社では画像解析技術を活用した計測手法の開発に注力しています。
具体的には、さまざまな角度から撮影した画像を組み合わせて3次元モデルを生成し、寸法計測なども可能にする「フォトグラメトリ」技術を水中でも活用できるよう進めているところです。
また音響機器の小型化・低価格化も進んでおり、以前は数千万円するような機器が、比較的手の届きやすい価格帯になってきています。こうした最新の計測機器も積極的に活用していきたいと考えており、音響測深機を活用した計測も検討しています。
岩が削られて深掘りされている状態なども計測できるようになるので、これまで経験則に頼っていた部分を数値化して、客観的な評価やより精密な計測や異常検知が可能になると考えています。
将来的には、水中ドローンを投入すれば自動で必要な箇所を撮影し、それを引き揚げるだけで点検が完了するような仕組みを構築していきたいです。インフラ点検技術の標準化や、効率的な維持管理手法の確立を通じて、日本で培った技術で世界のインフラ点検に貢献していきます。