(取材)日本ドローン業界の第一人者、野波健蔵さんが語るドローンの未来と課題
野波さんは幼少期から飛行機に関心を持ち、スペースシャトルのエンジンの研究などを経て日本初となるエンジンヘリの自律飛行に成功。その後株式会社自律制御システム研究所(現ACSL)を創業するなど、まさに日本のドローンの歴史をつくってきた人物と言えます。
この記事ではそんな野波さんに、これまでの歩みやドローンの未来について伺いました。
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日本ドローンコンソーシアム会長 野波健蔵氏
飛行機好きが高じてNASAへ。隣の研究室をのぞくと…
――野波さんは、小さな頃から飛行機に興味をお持ちだったのでしょうか。そうですね。小さいころはゴム動力飛行機を作って飛ばしていました。バルサ材という軽量な木に和紙を貼り付けて輪ゴムを胴体に巻き付けて固定する、簡単なものです。中学校では飛行距離を競う大会もあり、一生懸命作っていましたね。鉄腕アトムがTV放映されていたころの時代の話です。
――そのような原体験があり、飛行機の研究の道に進まれるわけですね。米航空宇宙局(NASA)の研究員としても勤められたとか。
大学在学中、アポロ11号が月面着陸に成功しました。1969年7月20日のことです。それまで度々失敗を繰り返し、成功率50%と言われていたところでの奇跡的な成功でした。この月面着陸に感銘を受け、NASAを目指すことにしました。
そして1980年代に入り、NASAはいよいよ宇宙をビジネスの対象とみなしてスペースシャトルを作りました。もともとはスペースシャトルで宇宙を1週間に1往復、つまり1年で48回行ったり来たりする計画でしたが、実際に飛べたのは年に3、4回程度にとどまりました。
その原因は技術的な問題にありました。離陸するときの振動にメインエンジンが耐えられず、水素燃料を供給するターボポンプが壊れてしまうトラブルが多発しました。その振動を止めるために世界中で研究員を募っており、応募したところ合格したというわけです。それで1985~88年にかけて、NASAに行くことになりました。
――なぜスペースシャトルのエンジンからドローンの研究に移られたのでしょうか。
NASAでは、私の隣の研究室で、有人ヘリコプターの姿勢制御をアシストする研究が行われていました。姿勢制御はいまでこそ有人ヘリに実装されていますが、当時はまだ研究段階の機能。「これは面白い」と思ったんです。そこで時々研究室を覗きに行っては、「日本に戻ったらこの分野に取り組もう」との気持ちを強くしていきました。
やっぱり空や宇宙にはロマンがありますよね。ラジコンを買ってきて飛ばすだけでも面白いのに、ましてや自分で作ったものが意のままに飛ぶとなると、これは最高ですよ。1度やってしまったらやめられません。それでいまに至ってしまったというのが実情です。
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念願の自律飛行も成功。だが「時代が追いついてこなかった」
――日本でのドローン研究は順調に進んだのでしょうか。いや、簡単ではありませんでしたね。1988年に日本に帰ってきた私の目標は「ラジコンのヘリコプターの自律飛行」でした。当時のラジコンは操縦が非常に難しかったんです。1機あたり7~8万円くらいするのですが、操縦を誤るとすぐ墜落し、壊れてしまう。もし落ちないヘリコプターがあれば誰でも飛ばせるようになり、多くの人に喜んでもらえるだろうと考えました。
そのころはラジコンヘリコプタ愛好家はみんな自分の操縦技術を磨くことだけに専念していたので、自律飛行させるなんてことは誰も考えていませんでした。彼らにとっては操縦技術を磨くことこそが楽しみでもあるので、自律飛行に価値を見出す人もあまりいなかったですね。
加えて、当時のコンピュータはめちゃくちゃ大きかったんですよ。Windowsもなく、MS-DOSの時代の話です。コンピュータが立ち上がるのにも大体5分ぐらいかかるという(笑)。大きい、遅い、重いの3重苦に悩まされ、「もう私には無理だ」と思ったこともあります。
それでも1990年代半ばごろになるとWindowsが現れ、パソコンもどんどん小型化していきました。周りから「そんな技術の実現は無理だ」と言われ続けても研究を続けたことで、2001年には日本で初めてエンジンヘリの自律飛行を成功させました。
意気揚々と発表してみたら、海外でも同じような研究が進んでいることがわかりました。20年前の話ですが、「ヘリが自律飛行して飛ぶことが当たり前になる時代が来る」と確信した瞬間です。
――自律飛行を成功させてからいまに至るまでの歩みを教えてください。
まずは「送電線点検に使いたい」と電力会社からお話がありました。当時、電力会社では送電線点検に年間100億円ぐらいかかっていたそうです。有人ヘリコプターをチャーターするのですが、チャーター代だけで1日で数10万かかってしまう、と。
しかも冬場になると雷が多数発生し送電線は危険にさらされるので、毎日のように点検が必要になります。強烈な落雷が一度起きただけで、停電しかねませんからね。
そこで、2003~2005年にかけて自律飛行するエンジンヘリで点検を実施し、成果も出しました。そのまま日本中に広げていきたかったのですが、時代が早すぎました。当時、電動化の技術はありませんし、そもそも対応可能なバッテリーもない。
そこへ来て研究所の所長さんが代わったことで、「万一ヘリが落ちたら、山火事になるから危険だ」と使われなくなってしまいました。 それが、いまでは「送電線点検と言えばドローン」ですから、やっと時代が追いついてきたと感じています。
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引用:ACSL社ホームページ
――その後は自律制御システム研究所(現ACSL) を立ち上げられます。
2000年代の後半に中国やドイツ、アメリカでドローンのベンチャーが生まれてきました。私も会社を立ち上げようかと思った矢先に、東日本大震災が起きて一旦は断念。その後方向性を変えて、国産技術を広めるにはオープンイノベーションが必要だと考えて2012年にコンソーシアムを立ち上げました。これはいまの日本ドローンコンソーシアムの前身となるものです。
このコンソーシアムには46社が集まり、産官学でドローン業界の発展を進めていく構想でした。ただ、実際に蓋を開けてみると、大手企業は「オートパイロット技術を提供してくれれば、あとは全部うちでやります。お金は出します」という姿勢なんですね。
私はお金儲けがしたいわけではなかったので、これは違うなと。それで改めて自分で2013年に立ち上げたのが自律制御システム研究所(現ACSL)です。2018年には上場も果たしました。
ドローンが「地雷化」される未来
――先見の明をお持ちの野波さんですが、そんな野波さんでも予想と違った展開はあったのでしょうか。ドローン技術を進化させる上での一つの懸念は、日本でドローンの軍事転用が進むことでした。ただ、これは意外にもほとんど進んでいません。いま、軍事用途での研究開発・活用が進み、世界中で無人機が実戦配備されています。
日本のドローンが世界に比べて劣勢である大きな理由も、軍事目的で使われていない点にあります。海外では、仮に民間で売れなかったとしても、高性能な機体を作れば国が買ってくれますからね。たとえばアメリカではメキシコ国境などの不法入国の偵察に配備していますし、中国では台湾有事を想定して相当数のドローンを製造していると聞いています。
ただ、私自身は日本でミリタリーに活用されなくてよかったと思っています。もちろん、防衛省の利用がすべて駄目だと言いたいわけではありません。たとえば火山が爆発した後、溶岩流や土石流の危険性の確認のためにドローンを活用するといった災害対策ドローンようなことはどんどん進めてほしいと思います。問題は自爆型ドローンのように、殺りく兵器として用いられることです。
――各国ではドローンが戦争に使われているんですね。
ええ。すでにウクライナでも用いられていますが、台湾有事がもし起これば、ドローン戦争になる可能性が高いですね。機動性の高いドローンが機能性で劣るドローンを撃墜するという、無人機による空中戦が繰り広げられる時代がすぐそこまでやってきています。
ドローンはミサイルに比べて安価なので、費用対効果が抜群です。100機ぐらい同時に飛ばして、そのうちの数機が標的に命中すればいいわけですから。
これはまさに「空の地雷」と言えます。地雷も非常に安価にダメージと恐怖感を与えられるものです。私はかつて地雷探知ロボットも作っていて、カンボジアやアフガニスタンにもよく行ったので、そのことがよくわかります。地雷が埋められていることを示すマークがあると、怖くてその場所には入れないんですよ。
地雷は1個100円程度と非常に安いものです。今後ドローンも、100円は無理だとしても、いま1機300万円のものが100万円ぐらいで作れるようになってくるはず。そうすれば戦場の空にドローンが飛び交うことになるでしょう。
――世界と日本では、投入しているお金の額も違いますよね。
世界は軍事用途のために研究していますから、ドローンに税金を注ぎ込めるわけです。おそらく中国では、日本の10倍以上の額を予算を投入してR&D(研究開発活動)を行っています。
ただ、日本は自動車のように、軍事と商業のデュアルユースができなくても世界に勝っているものもあります。ドローンも健全な産業として、このまま歯を食いしばってやっていかなくちゃいけない状況にあると言えます。
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引用:ACSL社ホームページ
人を育てるには「研究施設」「場所」「お金」が必要
――日本のドローン業界の問題点はどこにあるとお考えでしょうか?いま一番問題なのは、ドローンの頭脳であるオートパイロット技術で世界に劣っていることです。日本ではオートパイロット技術を持つ企業がACSLをはじめ数社しかありません。
中国で50社、アメリカだと200社ぐらいあります。フランスやイギリス、ドイツでもそれぞれ20社ぐらいあります。この差は非常に大きいです。
――これからの社会に求められる技術とはどのようなものでしょうか。
衝突を回避する技術ですね。これは日本だけではなく、世界的な課題です。2030年には、日本の空を20万機のドローンが飛んでいると予測されています。そうすると、空中で衝突する危険性が非常に高いというのはわかりますよね。このままでは、特に物流倉庫があるところでは事故が多発するでしょう。
いま、空中衝突を回避できる仕組みを持ったドローンは世界中を見渡してもありません。遅い速度であれば回避できても、物流ドローンだと時速が60~80キロは出ますから、それだととても回避は無理です。
―日本はドローンエンジニアが圧倒的に足りないと言われています。この問題をどのように見ておられるのでしょうか。
日本は依然として、モーターやバッテリーといったハードウェア分野ではものすごく強いです。人もいます。人が足りないのはソフトウェアの分野ですね。新しいアルゴリズム、つまり異常が発生したらどこで不時着するかといった制御技術やAIで認識する技術を考え、ソフトウェアに落とし込む作業をしていかなければならないのですが、それをできる人がいないんです。
いま人が育っていないのは、お金がないからです。お金があれば、優秀な人材も確保できます。いまドローンのソフトウェアの技術者は、アメリカだと年収3000万ほどもらえます。中国でも1500万円ほど。これが日本だと、600万円ぐらいになってしまうんです。そのような状況では、当然のことながら優秀な人ほど海外に行ってしまいます。
ただ、こうした差が出るのは、繰り返しになりますが、ドローンが軍事目的で研究・利用されていないことの表れでもあります。そのため、簡単に解決できる問題でもないのが苦しいところです。
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――最後に、これからのドローン業界への思いをお話しいただけますでしょうか。
私は、「モノ作りは人作り」だと思っています。一番重要なのが人であることは間違いありません。私個人としても優秀な人材を育成していきたいと思っています。
そのために必要となるのが良い環境です。この「良い環境」の中には研究施設、場所、給与のすべてが含まれています。どれか一つが欠けても駄目。すべてが揃ってはじめて、創造的な仕事が可能になります。
この中で日本ではあまり重視されていないのが「場所」です。日本では国土が狭いこともあり、テスト飛行できる場所が限られます。ドローン関連企業は日本だけでも1000社ほどありますが、その本社はほとんどが東京です。どの企業も試験運転するために北海道などの広大な土地に出向いているのが実情です。
それは新しいモデルが完成し、テストしたいと思っても、すぐにはできないことを意味します。1週間の遅れだったとしても、すぐにテストできる環境がある海外と比較したときにはその遅れが積み重なり、結果的に大きな差が開いてしまいます。どれも難しい問題ですが、今後も私のできる範囲で業界に貢献していきたいと考えています。
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