そんなウェザーニューズは2015年11月に「ドローンビジネスプロジェクト(Drone Business Project)」を立ち上げ、ドローンに向けた気象情報サービスを開始しました。航空気象事業部グループリーダーの高森美枝氏に、事業内容や目指す未来についてうかがいました。
安全運航に欠かせない、ドローンに特化した気象予測
――ウェザーニューズといえば、世界最大の民間気象情報会社として有名です。現在までの歩みと具体的な取り組みについて、改めて教えていただけますでしょうか。ウェザーニューズは、1970年に海難事故を経験した創業者の「船乗りの命を守りたい」という熱い想いがきっかけとなり生まれた会社です。元々は船に向けた気象サービスを提供していましたが、その後ドローンを含む空、陸の領域へとサービスを広げていきました。
そして今では、「いざというときに人の役に立ちたい」を合言葉に、世界最大規模の気象情報会社に成長。約50カ国の2600社超のお客様に向け、24時間365日途切れることなく気象に関するリスクコミュニケーションサービスを提供しています。
――そんな御社がドローン事業に取り組むに至った経緯を教えてください。
もともと弊社はエアラインに加え、その下の空域を飛行するドクターヘリや警察ヘリ、消防ヘリへの情報提供サービスを行っていました。ヘリの運航にあたっては長らく送電線といった地上の障害物が最も注意すべきものとされてきましたが、2015年ごろからドローンが日本の空を飛ぶようになり、ドローンとの接触リスクが航空業界の関心事になったんです。
弊社は小型航空機の位置情報を把握しているので、弊社であればヘリとドローンと衝突する可能性を低減させられるはずだと考えました。そこで、航空業界からの要望を受けるとともに、私たち自身も空の安全を守りたいと思い、2016年に「ドローンビジネスプロジェクト」を立ち上げました。
――「ドローンビジネスプロジェクト」では、具体的にどのような事業を展開しているのでしょうか。
ドローンは空を飛ぶため、地上を走る鉄道や車よりはるかに気象の影響を色濃く受けます。そこでドローンが安全に飛ぶための運航判断に向けた支援に加え、運航を決めた後の最適な高度の選定や空路の決定、安全な飛行までをトータルでサポートしています。
ドローンは、いままさに産業として立ち上がり始めたところです。どの企業もまだ事業の収益性がなかなか見通せない中、しっかり運航して採算を取れるよう、気象の面からご支援していきます。
――ドローン向けの気象予測はこれまでの気象予測とはどのような点で違いがあるのでしょうか。
まずは高度が違います。エアラインの高度は上空1万mに達しますが、ドクターヘリになると地上300〜600mとなり、ドローンは地上から150mぐらいまでの空域を飛行すると定められています。
そして実は、気象の予測が一番難しいのがドローンの飛行エリアです。なぜかと言うと、地上から150mの間には山や川、丘があり、地形の影響で気象の変化が激しいためです。つまり、ドローンの安全な飛行には、一般的な天気予報とはまた違った情報が必要になると言えるでしょう。
――具体的には、どのように異なるのでしょうか。
テレビで見るような「晴れのち雨」といった天気予報は、多くの場合5キロ、もしくは20キロ四方程度の範囲で予測をしています。一方、ドローンは現在のところ20~30分程度しか飛行できないため、飛行できる時間と距離が非常に限られます。そのため、より狭い範囲の細かい気象情報が必要になります。
いま弊社がドローン向けに提供しているのは、250m四方の範囲での予測です。これは一般の天気予報より何十倍も細かいものになります。この中でさらに、高度10m間隔で風や気温の予測を提供しています。
風は上空に行けば行くほど強くなります。そこで、重い荷物を積載したドローンが飛行する際、向かい風のときには少し高度を下げ、風の影響を受けない高度で飛んでいくといった高度な判断を行うことができます。
――天気予報よりも精度が高いと言えるんですね。
そうですね。弊社は日本全国で1万3000ヶ所に独自の気象観測システムを設置しています。ここからは細かいもので1分に1回、風や気温、気圧のデータが送られてきて、予測を常にアップデートしています。ですから、予測の精度は非常に高いものになっています。
――たとえば「明日の朝9時から飛ばしたい」といった場合であれば、どのように情報が提供されるのでしょうか。
まずいま現在の明日の9時、9時10分、9時20分と10分刻みの予測を提供します。この予測は1時間ごとに更新され、飛行の直前まで最新の情報を確認できます。ここまでの精度の情報が得られるサービスは他になく、弊社の大きな強みと言えるでしょう。
ゆくゆくはドローンを気象センサーに
――そもそも、ドローンを飛行させる上で気象情報はどの程度重要なものなのでしょうか。国土交通省のホームページに掲載されているドローンの事故件数やその内容を見ると、2019~2021年度の3年間に293件のドローンの墜落事故などがありました。そのうち、風にあおられたり雲の中に入って見失ってしまったりと、気象の影響を受けて墜落したケースが37件に上ります。
やはり、ドローンはヘリコプターよりも重量が小さい分、風の影響を受けやすい航空機です。離陸前に上空の情報を確認してもらうことで、気象の影響による墜落を最小限に抑えられるはずだと思っています。
また今後、何百台ものドローンが空を飛ぶようになれば、より有人航空機との衝突回避を行うための情報も求められていくでしょう。
――衝突回避のためにはどのようなシステムがあるのでしょうか。
現在、弊社はドクターヘリといった小型航空機の位置情報を、国交省の飛行情報共有システム(FISS)や民間の無人航空機の運航管理システム(UTM)と共有しています。その連携を活用し、有人航空機とドローンの距離が近くなるとアラートを出すといったソリューションを提供しています。
――現在、御社のサービスを活用しているのはどのような業界なのでしょうか。
物流業界がメインです。いまはまだ通年ではなく、スポットで提供しているケースが多いですね。
――今後はどのような分野で活用が進んでいくとお考えでしょうか。
やはり、まずは物流です。弊社の気象観測機やレーダーといったインフラを活用しながら、過疎地や山間部などで物流ドローンのユースケースが増えていくだろうと思っています。また目視外飛行も解禁となるので、遠距離飛行の需要も増加するはずです。
点検分野でも活用が進むでしょう。弊社のお客様には道路管理会社や鉄道会社など、すでにインフラ点検にドローンを活用している企業が複数いらっしゃいますので、より細かい気象予測が役に立つはずです。
あとは農業分野ですね。気象と農業も深いかかわりがあります。最近はドローンを活用したスマート農業も注目されています。すでに弊社の気象予測を活用してくださっている農家さんもいますが、農産物の生育のための気象とドローンを飛ばすための気象を併せて活用いただけるといいなと思っています。
――今後、活用の場面はどのように発展していくとお考えでしょうか。
いまの気象データは、気象観測機や大型航空機などから取得しています。飛行機に乗っていると、「5分後に大きな揺れが予測されます」とアナウンスされることがありますよね。実は、これは先行する航空機が「ここで揺れた」という情報を、後続機に知らせることで可能になっているんです。
今後ドローンが飛び交うようになった際には、このような情報収集と発信をドローンからも行いたいと思っています。ドローン自身が気象センサーとなり、たくさんのドローンが収集した上空の気温や風のデータを共有して空のネットワークを構築することで、より安全安心にドローンを飛行させられる環境が生まれるはずです。
そうなれば、ドローンに直接関係のない産業や人々の生活にも影響を与えるでしょう。たとえば、いまは雪が降り始めるタイミングも航空機のデータから予測しています。大型航空機よりも低い高度を飛ぶドローンを活用できるようになれば、雪がどこで何時から降るといった予測をより正確に行うことができます。
災害時においても、最近は土石流災害など人が立ち入れないところでドローンが活用されています。このような災害時の情報は、いろいろな市場に活用できるのではないかと思っています。
――御社自身もドローンを保有していらっしゃるのでしょうか。
全部で6台保有しています。弊社としてもドローン向けの予測を出すだけでなく、その予測が当たっていたのかどうかを検証するために気象観測用のドローンを飛ばしています。
――ドローン向けの気象予測のために、「多周波気象レーダー」の開発を進めておられます。これはどういったものでしょうか。
いまドローンは、基本的に天気の良い日しか飛ばせません。ただ今後、産業として成り立っていくためには、多少天気が悪くても飛ばさなくてはいけないケースが出てくる可能性があります。そこで、いま開発を進めているのが「多周波気象レーダー」です。
今までのレーダーは強い雨が降ることはわかっても、雲の中を詳細に観測することは困難でした。多周波気象レーダーは一つのレーダーシステムに特性の異なる複数の周波数帯を利用することで雨粒の動きを細かく判別し、雨と雪と雲(霧)を判別できるようにするものです。
たとえば雨雲が発生したとしても、「西側は活発化しているけれども、東側は雲が非常に薄くなっている」とわかれば、東側を通るルートを策定することで、就航率は高くなります。
このような機能を持つレーダーはまだ世界中のどの国でも実用化されていません。世界初を目指し、2024年にプロトタイプが完成する予定で、2030年ごろの運用開始を目指しています。2025年には関西・大阪万博で「空飛ぶクルマ」の飛行が予定されていますが、その際にもサポートができればと考えています。
ウェザーニューズの目指す未来
――2022年2月、東京・永代橋で医薬品配送の実証実験を行っています。これは日本航空さんやKDDIさん、JR東日本さんらと、隅田川にかかる永代橋など複数の大橋をドローンで横断し、医薬品配送を行ったものです。仮に首都直下型地震で発生したときでも、必要な医療物資をしっかりと運べる可能性を示せたと考えており、今後の展開に期待しています。
都内初、ドローンで永代橋など複数の大橋を横断する 医薬品配送実験を実施
日本航空株式会社、KDDI株式会社、株式会社ウェザーニューズ、Terra Drone株式会社、東日本旅客鉄道株式会社は2022年2月8日から2月10日の間、都内で初めて、隅田川に架かる永代橋など複数の大橋をドローンで横断する医薬品配送の実証実験(以下、本実証)を行います。
この記事をjp.weathernews.com で読む >いま、海や離島でどんどん実証実験が本格化していますが、目視外飛行が解禁されれば、こういった都市部でのユースケースを想定した実験も増えていくと考えています。
この実験では、子どもたちがドローンに手を振ってくれたことも非常に印象的でした。まだまだ課題はありますが、少しずつドローンが社会に受け入れられ始めてきていると感じます。
――「まだまだ課題がある」とのことですが、どのような課題があり、その課題をどのように解消していくお考えでしょうか。
一番の課題は「いかに社会受容性を得られるか」です。そのためにはまず、安全性を担保するための機体の改良が必要です。まだ風に弱い部分やバッテリーが短時間しか持たない部分がありますからね。
弊社としては、ドローンをより安全に飛行させるべく、ドローンを扱う皆さんに低空域の気象の特徴をご理解いただくための気象情報の出し方をこれまで以上にブラッシュアップしていく必要があると感じています。
加えて、ドローンを産業に昇華させていくためには、ドローン事業で収益を上げる必要があります。そこで弊社はどの空域であれば就航率が高いのかといった経済性に富んだデータを提供し、よりビジネスを強力に推進できる環境を構築していきたいと考えています。
――海外でも同様のサービスを展開する予定はありますか。
すでに海外のドローン会社やドローン運航システムの開発会社からのお問い合わせを複数いただいています。日本では現在、約30万機のドローンが登録されていますが、米国では250万機と桁違いの数のドローンが登録されています。
今後、そのように膨大な数のドローンが安全に飛行できるようなインフラを整備することは、国内外を問わず求められる事項です。航空業界は世界で共通する部分も多いので、各国の動きも把握しながら、世界の標準となるフォーマットを作っていきたいですね。
最後になりますが、弊社は37年間、航空市場に気象分野でかかわってきました。今後ドローンが過疎地域に物資を運ぶといった「社会を便利にするもの」として普及が進むとともに、弊社が先導してドローン自体が気象データを収集・共有する仕組みをつくることで、さらに人々の生活の役に立つインフラになっていくことを期待しています。