2016年に日本で初めてドローン配達サービスの実験を行なった楽天グループは、2022年、ドローンビジネスのリーディングカンパニーだったSKY ESTATE株式会社(現:楽天ドローン㈱)を子会社化し、本格的に『空の産業革命』に着手しています。
楽天がドローンに着目した経緯や今までの実証実験、そして、楽天だからこそ果たせる「ドローン・エコシステム」の構築について、楽天グループ株式会社のドローン事業課シニアマネージャーの宰務 正氏にうかがいました。
ラスト・ワンマイルをドローンで。配達員不足を見越した先行投資
——まず、ドローン事業に注目した経緯を教えてください。弊社がドローンのプロジェクトに着手したのは、2015年でした。当時は、楽天市場の発展に伴う将来的な配達員不足を見越して「ドローンでラストワンマイルを実現できないか」との思いでプロジェクトを立ち上げたと聞いています。
そして新型コロナウイルスのパンデミックをきっかけとして、2020年以降に日本でも非接触のドローンやUGV(無人地上車両)を利活用しようという機運が高まりました。弊社では、今後も配送機械化の需要は増えるのではないかと予測しています。
——ドローン配送を実現するため、これまでどのような取り組みをされましたか?
2015年のプロジェクト開始後、2016年4月には千葉県のゴルフ場でドローン配送サービスを実施しました。日本初の試みでしたので、メディアにも大きく取り上げていただきました。翌年の2017年10月には福島県南相馬市で地元のコンビニエンスストアと組んで配送サービスを実施し、2018年3月には静岡県で個宅配送を想定した実証実験を行っています。
——かなり前から実証実験を少しずつ積み重ねていらしたんですね。
はい。弊社では緊急時の物資補給だけではなく、通常の物流現場でドローンを利活用できるよう、様々なシーンを想定して実験を重ねています。
2018年の10月にはドローンとUGVを組み合わせることで、ドローンが入り込めないマンションの個別宅へ無人で物を届けることに成功。
2019年には横須賀の離島、猿島までドローンを飛ばす実証実験を行っています。この実験では、初めてドローンが電波の届きにくい海上を超えることに成功しました。
その後も2021年1月には三重県志摩市で離島へのドローン配送サービス、同年8月には長野県白馬村で山小屋への物資輸送を実施しています。いずれもまだ実証実験の段階ですが、将来的には定常配送を目指しています。
SKY ESTATE社とタッグを組み、ドローンの多事業展開へ
——2022年には、SKY ESTATE社を完全子会社化されました。はい。SKY ESTATE社はドローンビジネスをすでに展開しており、2018年ごろから弊社との取引もありました。弊社のビジネスと非常に親和性が高いことは当時から感じておりましたので、SKY ESTATE社をM&Aで子会社化したことは、両者にとってWin-Winとなったと思います。
——子会社化して以降、どのようなドローンビジネスを展開されていますか?
弊社グループのドローン事業の主軸は、点検・スクール・ビジネスマッチングプラットフォームの3つです。幸運なことに、楽天グループはEC事業以外にも損害保険やモバイル事業、旅行事業も展開しています。多事業の企業集団である利点を活かし、ドローンビジネスの事業展開に取り組んでいます。
たとえば、楽天モバイルの携帯電話無線基地局を開設する工程の一つである現地調査や、開設後に行う検査、楽天損害保険における損害調査、またビルやホテルなどの建物調査のためにもドローンを飛ばせます。つまり楽天グループ内の事業連携をはじめ、様々なドローンパイロットの需要があるのです。
スクール事業では、現在群馬県と東京都の2校で国家資格コースを提供しています。さらに2022年11月には、卒業生が優秀なドローンパイロットとして活躍するため、ビジネスマッチングプラットフォームを開発しました。
優秀なパイロットが増えれば、ドローンに対する信頼も厚くなります。すると、これまで人がやっていた非効率な仕事や重労働を、ドローンが担うようになるでしょう。そうすれば結果的にコストが下がり、国全体の生産性が上がると考えられます。
このエコシステムを一気通貫で提供できるのが、楽天の強みです。ドローンスクールで優秀なパイロットを育成するだけでなく、卒業生たちが活躍できる場や仕事を創造することで、本気で「空の産業革命」を成し遂げようとしているのです。
我々は、インターネット黎明期にネットビジネスを構築した「楽天」です。だからこそ、自社の利益だけを考えるのではなく、ドローン産業を活性化させて社会に貢献する役割を担うべきだと考えています。
インターネットビジネスを作った楽天だからこそ、今度は「ドローンのエコシステムを作る」
——ドローン市場が成熟していくためには、今後どのような課題があるとお考えでしょうか?ご存じの通り、2022年12月にはレベル4飛行が解禁され、有人地帯での目視外飛行が可能になりました。つまり、法律上は都市部でのドローン配送も可能になったわけで、その点においてはひとつハードルをクリアしたといえるでしょう。
そうなると、ドローン配送における次の課題は「機体の性能」です。安全性が高く、たくさんの荷物を積めて、長時間(長距離)を飛べるドローンをいかに普及させていくかが急務といえます。
——とくに人が大勢いる都心では、万が一の事故に対する不安がありますよね。
そうですね。その点も考慮すると、やはりドローンによる定常配送は、山間部や離島のような場所から始めるのが現実的かなと考えています。そのうえで、機体の性能が上がれば都心部でも定常配送ができるでしょうし、そのメリットが社会に与えるインパクトはきっと大きなものになるはずです。
ドローン配送は運送コストを下げ、生産性を向上させます。それを広く認知していただけるよう、我々もドローン業界を盛り上げなければなりません。
なおかつ楽天としては、未来を見越して優秀なパイロットの育成により一層注力しなければならないと考えています。楽天のスクールで学んだ優秀なドローンパイロットが、マッチングプラットフォームで点検や配送の仕事を得る。さらに、実務で得られた実践的な技能を再びスクールのカリキュラムに落とし込んで受講生へ提供する。そうした「ドローンのエコシステム」を確立させることが当座の目標です。
ドローンは「希望の灯」。住民から寄せられた感謝を胸に、これからも進む
——宰務さまご自身がドローン事業に携わるなかで、社会的な意義を感じるのはどのようなときでしょうか。2021年に三重県志摩市の間崎島で実施したドローン配達の実証実験は印象的でした。島民の方々はこれまで、買い出しのために本島まで海を渡っておられたそうです。ご高齢の方も多く居住されるなか、遠方への買い出しはたいへんな重労働でした。
そこで本実験では、島民の方々から1配送につき500円の手数料をいただき、本島から島までドローンで物資を運搬。さらに、スマートフォンを持たない方でも利用できるよう注文用紙を用意し、現金での支払いにも対応しました。
この一連の取り組みが、非常に好評だったのです。島民の方々からは、「このような取り組みは希望の灯だ」と、ドローン配送に対して大きな期待を寄せていただきました。みなさんの喜ぶ顔を拝見でき、大きなモチベーションを得ました。
——離島だけでなく、山間部にお住まいの方々にとっても、ドローンは希望の灯ですね。配送料500円という価格帯なら、抵抗なくサービスを利用できそうです。しかし、この価格で御社は収益化できるのでしょうか?
はい。現状ではドローン配送に多くのスタッフが関わっておりますが、いずれは一人のオペレーターが遠隔操作で複数の機体を操作し、荷物をお届けする仕組みを実現したいと考えています。そうなれば人件費がかなり下がりますので、「500円」という手数料設定でも充分ビジネスになるはずです。
それに、弊社には楽天市場という母体があります。EC事業を延ばしていけば、配送件数も順当に伸びるはず。ドローン配送においては、件数が増えれば増えるほど収益化がしやすくなりますので、そこは希望を持っています。
——ますます期待が高まるドローン産業ですが、御社は今後どのように存在感を示していきたいとお考えでしょうか。
楽天グループでは、「楽天市場の商品を全国のお客様に届ける」ことを目標に各種の取り組みを進めています。そのためには地元の事業者によってドローン配送事業が運用されることが大切と考えておりますので、取り組みを通じて地域を盛り上げていくことができれば嬉しいですね。
楽天グループには、「社会をエンパワーメントする」というミッションがあります。自社の利益を上げるだけでなく、社会に利益を還元することが、楽天の使命です。私たちは、ドローンを新しい産業として実装させることで、人口減少、働き手不足といった社会課題解決の一助となることを目指しています。