ドローンが情報の空白を埋める
――防災分野でのドローンは、どのような活用が期待できるのでしょうか。まずは情報収集の面で大いに活躍が期待できます。災害救助の際、特に意識しなくてならないのが、被災から3日を過ぎると要救助者の生存率が著しく低下してしまう「72時間の壁」です。この72時間のうちに情報の空白が起きてしまうと救助活動が停滞し、助けられるはずの命が助けられないという事態にもつながりかねません。そこでドローンの出番です。
私はかつて陸上自衛隊東部方面総監部の情報部長として、関東甲信越と静岡県の1都10県にわたる地域の災害情報を収集する任務を負っていました。このとき痛感したのが、たとえば首都直下地震のような大規模な災害が生起した場合、救助活動に必要な情報が適切に収集できないおそれがあるということでした。
トラックや装甲車などの車両で被災地に入ろうとしても、道路の破損や火災、家屋の倒壊、それに多数の人々の避難行動などの影響で、初動部隊の到着が大幅に遅れることが予想されました。
実際、東日本大震災時に震度5強を観測した東京都内では、交差点に多くの車が滞留する「グリッドロック」と呼ばれる超渋滞が発生。約15時間にわたって交通網が麻痺しました。神奈川~東京間の約15キロの国道を走行するのに6時間もかかる大渋滞となったのです。
東日本大震災は首都圏を中心とする震災ではなかったにもかかわらず、これだけの渋滞が発生しました。もし首都直下型地震といった大規模災害が発生した場合、混乱はその比ではありません。このような背景から、情報の空白を埋めるための手段を模索してきました。
そこで、はじめはバイクであれば比較的スムーズに被災地に入れると考え、バイクの団体と協定を締結。そのうえでさらに効率的かつ安全に進入できる偵察手段としてドローンの活用に思い至り、JUIDAおよびACSL社と協定を締結しました。
JUIDA/陸上自衛隊東部方面隊「災害時応援に関する協定」締結のお知らせ | JUIDA
陸上自衛隊東部方面隊とJUIDAは、2019年2月15日(金)、大規模災害発生時における災害応援に関する協定を締結いたしました。陸上自衛隊と無人航空機(ドローン)事業者との災害時協定締結は、全国で初めてのことになります。 [...]
この記事をuas-japan.org で読む >――具体的にはどのような現場での活用を想定されているのでしょうか。
人が入ることが難しい多くの場面で活用が期待できます。たとえば放射性物質や有害物質等の流出現場、土砂等崩落の危険性が残っている現場、爆発の危険性がある現場、危害を及ぼす可能性がある人や動物がいる現場、孤立集落・離島・山林など陸上交通が途絶した現場、都会のビル群の高層階…。その想定シーンは多岐にわたります。取り残された人がいる現場では、情報収集だけでなく物資運搬の面でも効果を発揮するでしょう。
さらに、2022年12月に改正航空法が施行され、レベル4飛行が一定の条件下で認められたことで、自衛隊や消防のような組織のみならず、多くの組織が災害時にドローンを積極的に活用できる仕組みができあがりつつあると感じています。今後、防災分野への参入が飛躍的に増加するものと期待しています。
ドローンが空を飛び交う時代に必要な運用調整
――自衛隊時代には、実際にどのような事例でドローンを使用してこられたのでしょうか。2019年8月、浅間山が噴火し、噴火警戒レベル3(入山規制)が発令されました。自衛隊として情報を収集するため、陸上自衛隊のヘリと航空自衛隊の偵察機が出動しました。ただし、これらの航空機は他県の飛行場から飛来してくるため、常時その場にいることはできません。そこで必要な時に直ちに情報収集ができるよう、ACSL社のご協力を得て現地に進出していただき、ドローンによる継続的な情報収集態勢を整えました。
結果として大きな被害は発生しませんでしたが、入山規制がかかっている地域にドローンが入って活動する姿には安心感や頼もしさを覚えました。そして、災害というそもそも危険がつきものの環境下におけるドローン活用の可能性、将来性に期待を感じたのです。
また2019年9月には、山梨県道志村のキャンプ場で小学生の女の子が行方不明になる事件が発生しました。その際、陸上自衛隊も捜索活動に参加し、複雑な地形で人がなかなか進めない地域の捜索を行いました。
結果的に見つけてあげられなかったことが無念でなりませんが、この時JUIDAに全面的な協力をいただいたこと、そして防災面でのドローンの活用及び促進の必要性を痛感したことが、いまこうして私がJUIDAの参与として活動している理由にもつながっています。
捜索のとき、私としては夜間でも人を認識できる赤外線センサーを持ったドローンの使用を強く希望していました。しかし、当時の自衛隊などが保有していたドローンには、夜間捜索できる機能を備えた機体がなかった。これは悔しかったですね。
現在では自衛隊の各師団に赤外線機能を搭載したParrot社のANAFI USAが導入されています。ただし夜間の操縦は当然難しい操作が要求されるため、JUIDAとしても自衛隊員による操縦能力向上に向けた支援を何度か行っています。
――これらの支援はすべて無償で行われているのでしょうか。
これらの活動は社会貢献活動の一環として行われています。
――防災の観点で、いま関心を寄せている実証実験をご紹介ください。
2つあります。1点目、安全性に関して注視しているのが、ブルーイノベーションが運用を始めている「災害用ドローンポートシステム」ですね。これは2016年から同社が国土交通省や東京大学と共同開発しているもので、防災センターや船舶上などに設置したドローンポートからドローンを自動運航させ、避難所に設置したドローンポートまで支援物資を輸送するものです。
災害時は道路交通が遮断されやすく、孤立集落が発生した場合、物流への影響は極めて大きくなります。道路交通に頼らず物資を輸送できる拠点となるドローンポートが全国に網羅的に普及していけば、防災に限らず活用の余地が広がっていくのではないかと期待しています。
GPSを活用してドローンを自動で降ろそうとすると、10mぐらいの誤差が生じてしまうことも珍しくありません。物資輸送で避難場所に指定された小学校の校庭に着陸させると決まった際、誤差が生じてそこに避難している多くの被災者とぶつかったら大変ですよね。ドローンポートがあればそのような危険性を減らせます。
ドローンポートにより離着陸できる場所があらかじめ確保されていうことは、そこに人がいなくても問題ないということになりますので、救援活動の省人化にもつながります。地震が発生して津波が来るおそれがあるというとき、人が近づくのは時間もかかるし、何より危険ですよね。そんなときに、海岸線沿いにドローンポートを設置しておき、常に待機させておくことで、すばやく巡回することも可能ですし、仙台では既に実用化されていると伺っています。
2点目が、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が推進する「ドローンの1対多運航を実現する機体・システムの要素技術開発」です。これはKDDIと日本航空(JAL)が主体となり、1人の操縦者が多数のドローンを同時に運行できる体制の構築を目指すものです。
もともと私自身、2019年10月に静岡県、関東、甲信越、東北地方の広範な範囲で甚大な被害をもたらした台風第19号を受け、大規模災害時には多くのドローンを活用することが必要だと感じていました。情報収集でも人の捜索でも、一人が複数台のドローンを使うことができれば、単純に捜索する範囲が広がり、効率も上がります。そのためのさらなる体制整備を国全体で考えていかなければならないと感じています。
――多くの事業者が参入し、かつ一人で複数台のドローンを運用できる時代が見えてきているのですね。このような中で、課題を感じている点を教えてください。
多くのドローンが活躍することで、ドローン同士の接触や落下といった、ドローンが関連する2次災害が生起するおそれが高くなることは想定しなければなりません。最悪の場合、人の生命にかかわることも考えられます。従って、そのような不測の事態を防ぐための施策、たとえば多くのドローンが飛び交う被災地域の運行管理や、機体およびシステムに関する安全基準をしっかり定めていくことが重要だと思います。
最近、ドローンを活用した訓練も増えてはきましたが、現状はまだ「ドローンがちゃんと飛びました」ということを確認して終わっている段階です。国が定める防災基本計画には、航空機と無人航空機の運用調整を行うことが明示されています。災害時にはヘリやほかのドローンも飛んでいる状態ですから、もっと積極的に運用調整を含めた訓練や実証実験を行っていくべきだと考えています。
災害時のあらゆるフェーズでの活用に期待
――これからドローン市場が発展していく中で、防災分野では今後どのような利活用が進むと考えられるでしょうか。災害時に行うべき対応を時系列で整理すると、①「予防」②「救助」③「施設等の応急復旧」④「地域の復興」とフェーズが推移していきます。現在、ドローンの活用については「救助」フェーズでの情報収集に焦点が置かれていることが一般的です。ただ今後市場が発展していけば、このいずれの場面でもドローンを活用していくことができるはずだと考えています。
まず予防では、レベル4飛行が解禁されたこともあり、平時の街や地形の様子を見ることが容易になりつつあります。定期的に撮影し、その変化を見ていくことによって、災害上脆弱な地域を事前に把握したり、災害発生に至る恐れがある兆候を確認したりといったような活用が広がっていくのではないでしょうか。
予防のための活動は、いざ災害が起こったときにも有効です。たとえば地震が起こったとき、事前に撮っておいた画像と比較することで、たとえば「この家がつぶれている」「ここで土砂崩れが起きそうだ」と素早く判断できます。
2024年度の運用開始を目指す内閣府の次期総合防災情報システムでは、現在手動で受け渡しが行われているドローンの撮影画像を自動で集約するシステムも搭載が予定されています。そうなれば、さまざまなデータと連携することができるはずだと期待しています。
②救助のフェーズでは、情報収集に加えて輸送の分野にも関心を強く寄せています。車では行くのが困難で、ヘリは台数が少ない。そんな場面で「空飛ぶクルマ」としてドローンを使えば、より効率よく救助ができるはずだと希望を抱いています。
たとえば熊本震災時には、現地の病院の機能が停止し、心臓病で入院していた女の子が転院を余儀なくされる事例がありました。高い空域を飛ぶヘリだと気圧の変化に耐えられないということでドクターカーで福岡まで搬送されたのですが、残念ながら亡くなってしまいました。もしこのとき、ヘリより低い高度を飛ぶドローンですみやかに輸送できていたら、命を救えたかもしれない。そのようなことが実現する社会に向け、いま一歩ずつ前進しています。
③応急復旧や④地域復興のフェーズでもダムや橋梁、トンネルなどの施設が災害でひび割れなどが起きていないかの点検・復旧や、被害を受けた家屋、田畑、商工業等の施設などの状況を調査して復興の施策につなげていくことも考えられると思います。もちろんこういった施策はすでに産業用ドローンが行なっている分野でもあり、官民が連携して取り組んでいくことが大事です。
――JUIDAとしては、今後どのような立場で防災分野でのドローン活用に携わっていくお考えなのでしょうか。
これまでドローン運用にかかわるガイドラインなどを策定してきたJUIDAとして、 今後も引き続きドローンの運用制度の設計にかかる過程に参画し、適切な提言をおこなっていくことが必要だと考えています。
また国としても、「空の産業革命に向けたロードマップ2020」の中で、ドローンを用いた訓練を行っていくことを明示しています。現在もJUIDAは自衛隊などと協力関係にありますが、訓練の中で実際にドローンの運用についてアドバイスしていきたいですね。
加えてロードマップの中で示されていたレベル4が実現したことで、目視外飛行ができる人材を育成する必要性がさらに高まりました。JUIDAは全国300校以上で操縦士を輩出しており、国家資格を持ったドローンパイロットの育成にこれまでも深く関わってきました。育成についても重点を置いて推進していく考えです。
さらにJUIDAでは、単なる操縦だけでなく、安全運行管理者を養成するプログラムも策定しています。どうしても一般のスクールでは操縦に目が向けられがちで、運行管理に特化している団体は少ない状態です。
しかし、多数のドローンが安全に空を飛ぶためには運行管理も重要な役割を果たします。その点でもリーダーシップを取っていきたいですね。このように、ドローン業界の健全な発展と安全の確保に向け、私たちの果たす役割はかなり大きいものになるはずだと考えています。