本田技研工業株式会社(Honda)|モビリティデータを活用した道路インフラ管理でめざす「交通事故ゼロ社会」
こうしたDXの波は、私たちの暮らしを支えるインフラ管理の在り方にも影響を与えています。
高度経済成長期に整備された社会インフラの老朽化が進む中、効率的な維持管理手法として、センシング技術とビッグデータ解析を組み合わせたアプローチを試みているのが本田技研工業株式会社(以下、Honda)です。
車両データを活用した革新的な道路管理プロジェクトと、日本と同じく道路インフラに課題を抱えるアメリカ・オハイオ州で取り組んでいる道路管理プロジェクトについて、Honda・SDV事業開発統括部SDV戦略・企画部でUX戦略課に所属する、安齋 拓斗氏に話を伺いました。

本田技研工業株式会社 SDV事業開発統括部SDV戦略 企画部 UX戦略課 安齋 拓斗氏
Hondaが主導するオハイオ州の道路状態管理プロジェクトとは
Hondaは、オハイオ州運輸省が推進する2年間の道路状態管理システムプロジェクトを主導する立場として選ばれました。オハイオ運輸省は州内の約50,000車線と45,000近くの橋の管理を担当しており、ポットホール(道路にできる深い穴)や損傷したガードレールなどの道路の問題を早期に特定し、状態が悪化して事故につながる前に修理を行いたいというニーズがプロジェクトの背景にあります。

このプロジェクトでは道路管理の効率化・コスト削減の可能性に加え、道路の安全性が向上することで消費者の安全や車両修理コストなどの削減にも貢献することが期待されています。
産学官連携で行うこのプロジェクトには70万ドルが投じられており、コネクテッドカーからもたらされるデータを活用し、保守作業員が道路の損傷に迅速に対応できるよう支援することが目的です。
さらに「Safety for Everyone」のスローガンを掲げるHondaでは、このプロジェクトを通じてドライバー1人1人が安全でスムーズな道路作りに貢献し参加できるようにすることで、全体的な運転体験を向上させることも目的の1つとしています。
参考:Ohio Department of Transportation Taps Honda to Lead Two-year Project to Advance Road Condition Management System
車は「動く観測所」豊富なデータで道路の安全を守る
――Hondaではこれまで、どのように車両データを活用してきたのでしょうか。安齋:
私たちのチームでは車両から得られるビッグデータを活用して、都市計画や交通安全、渋滞対策、防災・減災などに取り組んでいます。
収集・分析するデータは走行ルートや急ブレーキの回数、道路の段差による車両の揺れ、ワイパーやハザードランプの使用状況など多岐に及びますが、今回ご紹介するオハイオのプロジェクトでは、車両の揺れなどから得られるデータに焦点を当てています。これらのデータを集計・加工することで、路面状況(道路の損傷状況など)を数値化でき、道路管理に活用できるわけです。

一般車両の走行データから、路面状況の日常的なモニタリングを実現
――日本国内ではどのような形でデータ活用が行われているのでしょうか。
安齋:
具体的な活用事例として、各路線の車両走行時間データを分析することで渋滞状況を把握し、その解消に向けた施策を実施しています。たとえばリアルタイムデータを基に、「このルートなら20分で到着、別ルートだと60分かかる」といった情報を道路標識などで提供しています。
また急ブレーキが頻発している地点を特定することで、事故の危険性が高い場所を発見しています。そうしたポイントについて現地調査を行うことで「街路樹が視界を妨げている」といった具体的な原因が判明するので、警視庁や自治体と協力して対策を講じることもあります。
他にも、災害時には通行実績データを活用して通行可能な道路をリアルタイムで可視化し、情報提供も行っています。
当社の車両は各種センサーによる正確な情報が取得できるため、外気温の変化や路面状況、気象条件など、まさに「動く観測所」としての機能を持っているのです。
「Honda Drive Data Service」TOPページです。ホンダはクルマの動きがわかるリアルタイム走行データ(プローブデータ)で社会課題・企業課題の解決に取り組んでいます。
https://www.honda.co.jp/HDDS/?utm_source=link&utm_medium=article&utm_campaign=gmo202501&utm_content=hdds >
4社協業のビッグデータで実現する、効率的な道路管理
――オハイオ州での道路管理プロジェクトでは、どのような課題に立ち向かわれるのでしょうか。安齋:
アメリカの道路は総長約650万キロメートルで、実に日本の5倍以上の規模があります。そのため、適切な維持管理が追いついていない状況です。とりわけ戦後のインフラ建設ラッシュから約80年が経過したことから、ちょうど今は老朽化のピークを迎えています。
実際に、道路状態は日本と比べて明らかに劣化が進んでおり、重大な社会問題として認識されています。ところが、全ての道路を定期的に点検することは予算的にも人員的にも困難な状況なため、効率的な管理手法が求められていました。
――プロジェクト開始の経緯と、Hondaが選ばれた理由を教えてください。
安齋:
プロジェクトはコネクテッドカーが普及するなかでアメリカの道路インフラの課題に着目し、社会課題解決に向けたデータ活用の可能性を模索する中で始まりました。一般車両から得られるデータを活用することで、効率的な道路管理が可能になるのではないかと考えたことが、現在の取り組みの契機になったのです。
パートナーシップについては、当社の車両データ活用技術に加え、道路管理システムを提供するパーソンズ社、道路状態データを収集・解析するi-Probe社、AIアルゴリズムを開発するシンシナティ大学という、選定された4組織それぞれの強みを生かした共同提案の形で進めています。
実際の道路管理のシステムインテグレーターとしての役割を担うパートナー企業との協業により、データを実務で活用可能な形で提供することを実現しています。

――データ解析やパートナーシップについて、より詳しくお聞かせください。
安齋:
データ解析については当社のチームの人数やリソースにも限りがあるため、外部パートナーとの協業を積極的に進めています。特にデータ解析の専門企業との連携により、より効果的な分析と活用が可能になりました。
また当社はイノベーション・アクセラレーターなどの取り組みも行っており、さまざまな形での協業の可能性を探っています。自社の技術力とパートナー企業の専門性を組み合わせることで、より効果的なソリューションの開発を行うという体制です。
――実証実験の現状と、そこから見えてきた手応えについて教えていただけますか。
安齋:
現在はオハイオ州内の各地でデータを取得し、パートナー企業のシステムを通じて実際の道路メンテナンスに活用している段階です。当社のチームメンバーが実際に現地で積極的な走行テストを行い、データ収集と検証を進めています。
現場からは、これまで把握できなかった道路区間の状況も把握できるようになったことへの評価の声を頂いています。

業務効率の大幅な改善が期待できるため、将来的には他州への展開はもちろん、日本やインド、アジア各国への展開も視野に入れています。
ただし、国や地域によって道路特性や管理基準が異なるため、オハイオ州での取り組みをそのまま横展開するのではなく、それぞれの地域に合わせたカスタマイズが必要ですね。
AI×ビッグデータで実現する「交通事故のない未来」
――2050年の交通事故死者ゼロという目標に向けて、どのような取り組みを行っているのでしょうか。安齋:
当社では「Safety for Everyone」というスローガンのもと、道路を利用する全ての人の安全を目指しています。具体的には、ホンダセンシング360などの先進安全運転支援システムを、2030年までに先進国で販売する全モデルに展開する計画です。
さらに当社では、二輪車検知機能の拡大やADAS機能(センサー類を用いてドライバー支援を行う機能)の更なる進化にも取り組んでいます。Hondaは二輪車を多く扱う企業なので、バイクなどの重大事故につながりかねない路面状況の改善は重要な意味を持っているんです。
なかでも私たちのチームでは、新技術やセンサーの進化により得られる多様なデータを活用し、交通安全への貢献を目指しています。これからもハードとソフト両面で安全技術の研究開発を進め、目標実現に向けて取り組んでいきます。

――ビッグデータやAIの活用について、今後どのような可能性を見据えていますか。
安齋:
車両の進化に伴い、取得できるデータの量と質は飛躍的に向上しています。これらのビッグデータに対して、AIによる分析・処理を活用することで、より効果的なソリューションの開発が可能になると考えています。
当社の強みは「三現主義」(現場・現物・現実)にあります。三現主義を通じてお客様の課題をヒアリングし、データから得られる示唆を基に解決策を提案していくのがHondaのやり方です。
ビッグデータの分析では、人間の経験や直感だけでは気づかない新たな発見が得られることもあります。
データを有効活用することで、企画や施策の幅はどんどん広がっていきます。そこにAIを入れることで、想像もしなかったソリューションが生まれるかもしれませんね。
――最後に、御社が目指す未来像についてお聞かせください。
安齋:
2050年の交通事故死者ゼロという目標は、世界規模での取り組みです。例えばインドでは年間約15万人が交通事故で亡くなっており、これは日本の57倍に相当します。また、東南アジアでは特に二輪車による事故が深刻な問題となっています。
これらの課題に対しては、地域ごとの実情に応じたアプローチが必要です。たとえば、日本では高度な安全技術の展開が重要である一方、東南アジアでは基本的なインフラ整備や安全教育から始める必要があるかもしれません。
ビッグデータの活用により各地域の実態をより正確に把握し、適切な対策を講じることが可能になるのです。

当社は二輪車を含めると、地球上で最も多くのモビリティを提供している企業です。この強みを活かし、ビッグデータとAIの活用を通じて、より安全な社会の実現に貢献していきたいと考えています。
当社の製品を使っていただくことが、自然と社会課題の解決に繋がっていく。そんな世界を目指して、日々努力を重ねていきます。
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