そんな中、日本工営株式会社ではドローンを用いた全自動型インフラ点検技術を提供しています。撮影画像をアップロードするとAIが劣化箇所を抽出する方式で、専門家に頼らず修繕計画の生成も行うというパッケージです。
全自動化パッケージの開発背景やメリットなどについて、日本工営株式会社の中央研究所・先端研究センターで研究を行う太田 敬一氏に取材しました。
市販のドローンの購入や自作から始まった「前例のない取り組み」
――全自動型のインフラ点検技術を開発することになった背景について教えていただけますか。太田:
当社中央研究所長が新しい技術を用いた社会実装に関心が高く、ドローンを用いた技術開発の推進に積極的だったことが開発のきっかけです。
2017年からドローンの研究開発を開始し、その後ドローンという技術を軸に、さまざまな要素技術を組み合わせることで、1+1が3や4になるような相乗効果を生み出せるのではないかと考えたのです。
そうした中、デジタル庁が「デジタル原則」を掲げ、自治体へのデジタル技術導入を後押しする施策を示しました。
これまでは、手間やコストの面を鑑みてなかなか新技術を導入できない自治体も多い状況でした。しかしデジタル庁からの追い風が吹いたことで、我々も自治体のニーズを満たせるよう、撮影から処理までを一気通貫で実現するパッケージを開発しました。
――ユースケースがない中での開発について、具体的にどう取り組んだのでしょうか。
太田:
最初はドローン自体持っていなかったため、まずは市販の小型のドローンを購入し、その後ドローンを自作したりするなど、徐々にドローンのことを理解していきました。
ドローンの研究開発を始めた当初は既に先行する会社が多く、やや今更感はあったのですが、やってみるとまだ解決すべき課題が多い技術と分かりました。その後、日本工営のサービスにつなげるという1ユーザー的な立場から技術を磨いていきました。
開発初期の2019年頃は、LEDとGoProカメラを自分で搭載した機体を使用していました。
手作り感満載の機体でしたが、この時期にトンネル内部の点検などを行い、「ドローンで点検を行う場合は長時間の交通規制が不要」といった検証を重ねられたのは大きかったです。
当時はまだ生成AIの成熟度は高くもない時代だったので、今なら10分でできることに多大な時間がかかりましたが、そうした試行錯誤が現在の技術の礎となっています。
この技術の適用先として、まずトンネルという特殊な環境を選んだ理由は、空が見えないなど制約条件が多く、他社も簡単には参入できない領域だったからです。
確かに難しい課題でしたが、それだけにやりがいもありました。この開発経験が、並行して行っていた汎用的な技術の開発にも役立っています。
設備点検の正確性は「人よりドローンのほうが優れる」
――「汎用的な技術」のなかに全自動化が含まれているかと思いますが、全自動化の開発プロセスはどのように進められたのでしょうか。太田:
まずはドローンによる撮影部分の自動化から始め、次にデータセンターへのデータ送信を自動化するという段階的な形で進めました。
その後はクラウドやAIを活用した画像処理の自動化に取り組み、最終的に「抽出した不具合箇所の面積と、面積当たり修繕費の単価を掛けて概算を出す」といった修繕計画の自動作成まで実現しました。シンプルながら実用的なシステムだと自負しています。
この開発過程では、既存の技術を可能な限り活用し、コストを抑えることを心がけました。時には秋葉原の電気街に足を運んで部品を探したり、Amazonで使えそうな製品を探したりすることもあります。
店頭では経験豊富な店員さんから思いがけない情報を得られることもありますが、そういった地道な活動も開発の一助となっていますね。
――全自動化によるメリットについて、具体的に教えていただけますか。
太田:
最大のメリットは省力化・省人化です。従来は3人程度の作業員が4、5日かけて行っていた点検作業が、ドローンの自動飛行によって大幅に短縮できました。
長時間の交通規制が不要になったことで社会的な影響も最小限に抑えられていますし、危険な場所に人が立ち入る必要がなくなった点もメリットですね。
さらに自動飛行では同じルートを正確に飛行できるため、定期点検における経年変化の把握が容易になりました。
基本的に形状の変わらないインフラ設備や防災系の点検においては、人間による手動操縦よりも、自動飛行の方が安定した品質のデータが得られるのです。
――画像処理や点群データ技術の開発についても教えてください。
太田:
画像処理の面では、AIモデルの作成に課題がありました。現場で撮影した画像の質と、それを処理するAIの性能のバランスをどうとるかという問題です。たとえば最近のiPhoneに付いているレーザで撮影できる点群の範囲は5メートル程度ですが、より広範囲の撮影には専用の機材が必要になります。
そのため我々は、基本的に「なるべく安価な機材で運用できるシステム」を目指すものの、用途や要求精度によっては高性能な機材を使用するというスタンスを取っています。
実際に当社独自に400メートル程度の範囲を撮影できる高性能な点群装置を開発しており、社内サービスとして月に1回程度の頻度で貸し出されています。コストと性能のバランスを考慮しながら、柔軟な対応ができるのも当社の強みですね。
「ドローン×画像分析」の技術を他分野にも応用
――他に取り組んでいる研究プロジェクトはありますか?太田:
ドローンの技術を応用した、四輪ロボットの遠隔操作システムの開発を進めています。これはカメラを搭載した地上走行ロボットを遠隔で操作し、データを収集・処理するというものです。
MR(複合現実)技術の開発も行っています。たとえば設計した橋を実際の建設予定地に実寸大で表示したり、富士山の模型をジオラマとして机の上に表示したりすることができます。設計データの更新が容易なので、現場での合意形成ツールとして活用が期待されていますね。
防災分野では、ドローンと衛星データを組み合わせた新しい監視手法を開発しています。他にも降雨後にドローンで山の形状変化を確認し、危険性を評価するといった取り組みを進めています。
同じ場所を定期的に撮影し、データの差分を分析することで、わずかな変化も見逃さない監視体制を構築しています。
――社内でのドローン技術普及については、どのような取り組みをされていますか?
太田:
Teamsを活用して、研究開発の進捗や成果を週3回程度のペースで発信しています。全社員およそ6600人のうち、常時400人程度が閲覧してくれており、ピーク時には800人ほどの登録者がいました。
投稿する記事は、4行程度のコンパクトな文章で起承転結を意識して書くようにしています。発信後の記事の「いいね」ボタン数から社員の関心事を把握したり、記事へのコメントは新しい気づきとなり、次の研究開発の種に利用する場合もあります。なお、時には10人以上のコメントが付くような「バズる」投稿もあります。
他にも最近、安全管理部門と協力して行ったドローンの社内講習会では、約300人の社員がドローンに関する基礎知識を習得しました。こうした草の根活動にも注力しています。
――最後に、今後の展望についてお聞かせください。
太田:
「良いものが売れる」わけではない時代なので、クライアントがやりたいことだけではなく、予想以上の成果を実現していきたいですね。小さいことからでもいいので、役立つものを多く世に出して日本工営のブランド力を高めていくことが今後の目標です。
日本工営の「技術と誠意」が、確実に社会に貢献できる形で実を結んでいくことを目指していきます。