2024年11月にも石川県で震度5弱の地震が起こり、東南海トラフの可能性も議論されるなど、日本ではいつでも大規模な災害が発生する可能性があると言えます。こうした状況下において、災害時の「備え」の意味も込めて、ドローン活用も含めた工事現場のDX化を推進しているのが大林組です。
能登半島地震の災害復興工事を請け負った大林組は、複数の重要課題に同時に対応する必要があったことからKDDIスマートドローンとタッグを組み、ドローン活用も含めたDX化で震災復興を強力に後押ししています。
今回お話を伺ったのは、大林組の生産技術本部・ダム技術部で副部長を務める小俣光弘氏、土木本部・先端技術推進室の技術企画部マーケティング課で課長を務める近藤岳史氏、KDDIスマートドローン株式会社・プラットフォーム事業部に在籍する山崎颯氏の3名。復興工事における最先端技術の活用や導入経緯・効果、建設現場のDX化などについて取材しました。
危険性の高い現場も、ドローンの遠隔操作で「ご安全に」
――能登半島地震の復興工事で導入された先端技術について、全体像を教えてください。小俣:
今回の復興工事では、地震による被害の状況を迅速に把握し、安全かつ効率的な工事を進めるために複数の先端技術を導入しました。具体的には、ドローンによる遠隔測量や地震計の設置、重機の遠隔操作など、複数の先端技術を組み合わせて活用しながら作業を進めています。
復興工事に当たってはさまざまな重要課題があったのですが、最も意識したのは余震の危険性が高い状況下で安全性を確保することでした。
熊本地震や北海道での地震の経験から、6強クラスの地震の後には同規模かそれ以上の余震が数日~数ヶ月後に発生する可能性があると認識していたため、なるべく人を危険な場所に立ち入らせない工法を採用することを基本方針にしましたね。
近藤:
また復興工事に当たっては、約10万立米にも及ぶ土量管理を行いましたが、従来の人による方法では今回のような正確かつ迅速な把握は困難でした。こうした被害状況の確認においても、ドローンには大いに助けられました。
能登半島地震では地形が大きく変化し、従来の海岸線が消失するなどの深刻な被害が発生しました。そのなかで、最先端技術の活用で作業員の安全を確保しながら、効率的な復旧作業を実現しています。
――導入された先端技術について、具体的にはデジタルツインの構築やStarlinkの利用、ドローンポートの設置や重機の遠隔操作など、さまざまな技術が活用されていると伺いました。これらについても詳しく教えていただけますか。
山崎:
ドローンの活用は、この10年ほどで大きく進化してきました。当初は現場の定点写真撮影や簡単な測量が主な用途でしたが、現在では高精度な3次元測量が可能になり、従来の測量機械に近い精度でのデータ取得を実現しています。
とくに今回の復興工事では、国道249号沿いにドローンポートを常設し、平日日中は東京にあるKDDIスマートドローン株式会社のオフィスから遠隔で操作するという形を取りました。
3次元モデルを活用した豪雨後の地形変化など、新たなデータが手に入るようになったことも大きな変化ですね。進捗状況が見づらい工事でも、工期の見通しを立てることが容易になりました。
安定した遠隔操作と大容量データの送受信を遅滞なく行えるよう、Starlinkを活用して通信環境を整備する試みも行っています。
小俣:
専用のチャットアプリを通じて、現場と本社間、そしてドローンの遠隔運航についてはKSDさんとリアルタイムにコミュニケーションを取りながら、状況に応じた判断を行っています。
リアルタイムな情報共有ができる体制を新たに構築したことで、イレギュラーな事象が起こった際でも迅速な意思決定と対応が可能になったのも大きな変化ですね。
通信環境の改善でデータの即時共有&分析が可能に
――KDDIスマートドローン社との協力関係はどのように始まったのでしょうか。また、この技術を実際の現場に導入するまでにどのような課題がありましたか。小俣:
最初の接点は、私が2017年から2023年3月まで現場の監理技術者として職務に当たっていた三重県伊賀市の川上ダム本体建設工事の現場でした。
ここではさまざまな先端技術を導入したのですが、発注者である水資源機構から遠隔での点検システムの可能性について相談を受け、2021年頃から実証実験を開始しました。
当初は通信の問題が大きな課題でした。一般的な携帯電話回線では安定した通信が確保できず、ドローンの遠隔操作に支障が出ることがあったんです。その後KDDIスマートドローン社との協力により通信環境が改善されたことで、現在の運用体制が確立されました。
――現場でのデータ活用について、具体的な工夫はありますか?特に、収集したデータを実際の工事管理にどのように活かしているのでしょうか。
山崎:
ドローンで撮影したデータはクラウド上で即座に共有され、さまざまな分析に活用されています。収集したデータは一度処理を行い、前日データとの差分検出を行うことで、進捗率の算出など具体的な工事管理指標にも使っています。
今回使用したドローンは複数の写真を合成することでパノラマ写真(360度写真)を生成することができ、自由な画角から詳細な現場状況を視覚的に把握が可能です。
近藤:
特に土量管理においての変化はまさに革新的でした。従来はダンプトラックの運搬回数に一定の係数を掛けて土量を推定していましたが、この方法では正確な把握が困難だったのです。
「土は掘削すると体積が約1.2倍に増え、逆に締め固めると約0.9倍になる」という一般的な指標がありますが、これはあくまで目安です。ドローンを導入することでこの変化を実測データとして把握できるようになり、より精度の高い施工管理が可能になりました。
現場ではこのような実測データの信頼性について議論を重ね、従来の経験則との整合性を確認しながら、新しい管理手法を確立してきました。
――具体的な運用の様子を教えていただけますか?
山崎:
実際の運用では、毎日の飛行計画を天候条件や現場の状況に応じて設定しています。ドローンは天候が許す限り毎日飛行を実施していますが、各ドローンに搭載されている風速計で風速8m以上を計測した場合は安全のため飛行を中止するなど、厳格な運用基準を設けて運用しています。
システム的には事前に道路の整備状況や進捗に応じて必要な範囲と精度を設定し、自動生成されたルートに従って自動的に飛行して必要なデータを収集します。
測量用データを取る際には下向きでの撮影を行い、工事の進捗に応じて撮影ポイントや角度を調整するという形です。
科学的なアプローチが人手不足にも貢献
――組織としての取り組み体制について教えてください。特に、現場と技術部門の連携はどのように行われているのでしょうか。近藤:
当社では、本社内に置かれた「先端技術推進室」と現場が密な連携を取りながら、新技術の導入を進めています。
導入においては、現場の負担増にならないよう特に注意を払っていますね。たとえば、これまでは教育を受けたドローンオペレーターが現地で実際にドローンを操縦する必要がありましたが、現在は遠隔での運用が可能になったことで、現場の負担を大幅に軽減することができました。
また得られたデータの活用方法についても、現場スタッフと議論しながら、実際のニーズに即した形で展開しています。
小俣:
一方で、新技術に対するアレルギーや抵抗感を持つスタッフもおり、技術部門と現場の間で生じる「食わず嫌い」的な反応やDXへのアレルギーを持つ社員もいます。
こうしたDXへの嫌悪感は実際の使用経験を通じて徐々に解消されるため、現場スタッフが技術の有用性を実感できることが、積極的な活用へと直結します。私自身もキャリアの9割を現場で過ごしているため、現場のニーズを踏まえて技術の実用化を行う「橋渡し役」を担っています。
――今後の展望についてお聞かせください。特に、この技術が建設業界全体にもたらす可能性についてどのようにお考えでしょうか。
小俣:
今回の取り組みを通じて、デジタル技術を活用した新しい建設現場のあり方が見えてきました。従来の「経験と勘」に頼る部分が多かった建設現場に、データに基づく科学的なアプローチを導入することで、より正確で効率的な工事管理が可能になっています。
これまでの「どんぶり勘定」的な要素を排除し、実測データに基づく管理手法を確立することで、より確実な工事管理を実現できると考えています。
遠隔操作のドローンで収集したデータの定量的な活用と、それに基づく意思決定の仕組みを確立することで、より確実で説得力のある工事管理が可能になります。新技術を用いた新たな働き方を示すことで、建設業界全体の生産性向上に貢献していきたいですね。
近藤:
建設業界全体の人手不足という課題に対しても、遠隔からの現場管理やデジタルデータを活用した効率的な工事管理は非常に有効です。ドローンの重要性は、ますます高まっていくでしょう。
当社でも、危険な区域では遠隔操作の重機を活用して人の立入りを最小限に抑えたり、一部の区間では人力作業から機械作業への切り替えを進めたりするなど、安全性の向上と効率化に並行して取り組んでいるところです。
取得したデータは本社側からも確認できますし、業界全体で人材不足が叫ばれるなか、ドローン活用は必須技術となるように感じています。
山崎:
通信事業者としても、このような建設現場のDXを強力に支援していきたいと考えています。現場の細かなニーズに応じた通信環境の整備や、より高度なデータ活用を可能にする技術開発を進めていく予定です。
とくに大容量のデータをリアルタイムで送受信できる環境の整備は、現場の状況をリアルタイムで把握し、即座に判断・対応できる体制の構築に不可欠です。
今後も工事の効率化と安全性の向上に貢献していきたいと考えているので、建設業界の課題解決に向けて、今後も大林組様との協力関係を深めていきたいと思います。