ウクライナの空で何が起きているのか?日本の無人航空機(ドローン)産業が備えるべき「通信と制御」の守り方【取材】

ドローン時代のサイバー防衛  通信と制御の守り方とは
  • 今回お話を伺った方
    • GMOインターネットグループ グループサイバー防衛事業推進本部 本部長

      廣惠 次郎氏

      陸上自衛隊でC4Iの中枢を担い、サイバー領域の戦略設計と実装に携わる。ウクライナ東部ドンバスの前線を現地視察し、電子戦とサイバー戦の実態を体験。通信と制御の防護を専門とする実務家。

    • コエテコドローン責任者

      柴垣 泰氏

      2001年GMOメディア株式会社に入社後、営業責任者を経てドローン関連の新規事業開発を担当。コエテコドローンの事業責任者として全国100校以上のドローンスクールを取材し、業界動向を深く把握。国土交通省・経済産業省などの官公庁や有識者への取材を通じて、ドローン・ロボティクス分野の最新トレンドと事業者の情報に精通。E.R.T.S産業用無人航空機操縦技能認定を保有。幅広い人脈を活かしてドローン関連企業・自治体・教育機関をつなぐ橋渡し役を担い、業界の発展に努めている。

物流・測量・インフラ点検と、ドローンの産業応用が急速に広がっています。しかし、空を飛ぶすべての機体はネットワークに繋がり、サイバー攻撃と電波妨害の標的になり得る時代でもあるといえます。

元陸上自衛隊でC4I(指揮・統制・通信・コンピュータ・情報の統合体系)の中枢を担い、現在はGMOインターネットグループ グループサイバー防衛事業推進本部長を務める廣惠次郎氏に、現代の脅威環境と日本のドローン産業が備えるべき「通信と制御の守り方」を、コエテコドローン責任者の柴垣が伺いました。

サイバー領域は民間と一体で守る「GMOインターネットグループ参画の背景と軍の通信思想」

元自衛隊陸将 廣惠次郎氏の写真

GMOインターネットグループ グループサイバー防衛事業推進本部長を務める廣惠次郎氏

C4Iとは
指揮通信システム
Command(指揮)Control(統制)Communications(通信)Computer(コンピュータ)Intelligence(情報)

柴垣:元陸上自衛隊でC4Iの中枢を担われた廣惠氏が、民間企業であるGMOインターネットグループを選ばれた経緯を教えてください。

廣惠氏:自衛隊が国家防衛を遂行するときに最も重要な戦い方は「領域横断作戦」と呼ばれるものです。

陸・海・空に加え、宇宙・サイバー・電磁波という6つの領域がお互いに交差する戦い方で、これを遂行することが国家防衛において最も大事になります。

その中でもサイバーの領域だけは、完全に人間が作り出した人工の空間です。

サイバーの領域は民間企業が作り出し、民間企業が維持している空間ですから、ここは民間企業と一体となってやっていく必要があります。そういった観点から、私はサイバーが優れている企業に行きたいと考えました。

柴垣:サイバー領域が強い企業の中でも、特にGMOインターネットグループを選んだ理由についても、ぜひお伺いしたいです。

廣惠氏:GMOインターネットグループにはホワイトハッカーと呼ばれる専門家が約200人在籍しており、これは国内トップ規模の企業です。

世界の競技でも実績を残している人材がそろっており、特定の分野においては世界一の水準に達していると言えます。

私がGMOインターネットグループにジョインすることによって、自衛隊との連携がますます強くなり、このサイバー領域をしっかり守りきれるという確信がありました。

自衛隊出身者の多くは防衛産業に就くのが従来の流れでしたが、サイバーという領域においては、インターネット企業の方がより実力と実績を持っている。それがGMOを選んだ大きな理由でもあります。

C4Iの思想が示す通信と制御の一体的な防護」は、そのまま民間の無人航空機運用(ドローン)にも直接応用できます。

「空飛ぶコンピュータ」を守る 電子戦とサイバーの2つの脅威

元陸将 廣惠次郎氏がドローンとサイバーセキュリティについて語る

柴垣:GMOインターネットグループはドローンやロボティクス分野にも積極的に関与していますが、廣惠氏の目から見て、民間事業者が気づいていないセキュリティ上の課題はどこにありますか。

廣惠氏:戦い方というのは、これからネットワークの切断合戦になっていきます。

戦車でも艦船でもミサイルでも、その多くが電波で繋がる戦い方をします。

ドローンも例外ではありません。電波でつながる観点でいくと、ネットワークをしっかりと守ることが大事になります。厳密に言えばさまざまな方法はあるものの、基本的に電波・ネットワークが遮断されたら、ドローンも飛べないからです。

逆に言えば相手のネットワークを切りに行くということも大事になります。つまり、これからの戦い方とは、ネットワークをいかに守るか、相手のネットワークをいかに切るか、ネットワークの切断合戦みたいな戦い方になっていくわけです。

柴垣:確かにネットワークが切れたドローンは飛行不可能になり、そうなるとただの「落下物」になる可能性すらありますね。

廣惠氏:ドローンを脅かす手段は大きく2つあります。

1つは電磁波で、これがジャミングといわれる電波妨害です。

もう1つはサイバーで、ネットワークを通じてシステムに侵入されることです。飛んでいる最中に電磁波で通信を切られて制御できなくなること、あるいはサイバー攻撃でシステムそのものがやられること、この両方に対するセキュリティがこれから必要になります。

さらに見落とされがちなのは、電波を出すこと自体が「そこに存在している」ことを相手に知らせてしまうリスクです。

潜水艦が音を出すのと同じ理屈で、なるべく電波を出さない方が見つからないし、撃墜されない、妨害されない。プログラムモードで飛ぶドローンであれば電波を一切出さずに目的地まで往復することが今でも技術的に可能です。

ただ、完全に電波を出さないというのはなかなか難しく、やはり何らかのやり取りをしたい場面は出てきます。だからこそ、通信リンクの強靭性——レジリエンスをいかに設計するかが、これからの核心的な課題となります。

柴垣:レジリエンスというのは、要するに「何かあっても通信が粘れるか、それでもダメなときに立て直せるか」という設計の話ですよね。

ドローンへの攻撃と聞くと、日本では軍事的なイメージが先に来てしまってリアリティが持ちにくいと思いますが、実際には電波の混線や機器の不具合といった、もっと身近なレベルでも通信障害は起きうる。そう考えると、ドローンは「飛ぶ機械」というだけでなく、スマートフォンと同じようにネットワークにつながった端末なんだ、という見方が大事になってきます。

つまり、通信が安全かどうかと、飛行が安全かどうかは、切り離せない問題だということですね。

2020年ドンバス前線視察が示したもの「ドローン戦の始まりとハイブリッド戦の本質」

元陸将 廣惠次郎氏がウクライナ侵攻について語る

柴垣:2020年にウクライナのドンバス地方を現地視察されたと伺っています。

日本の産業用ドローンが現在の民間レベルの対策でどこまで耐えられるか、現地の経験を踏まえて教えてください。

廣惠氏:私は2020年の2月に、ドンバス地方のウフレダールという前線の町まで実際に行ったことがあります。当時、現地の指揮官からいただいた盾が手元にあります。

その時点ですでに、ロシア製のドローンがドンバスの上空を多数飛行していました。

つまりドローンの戦いというのは今始まったわけではなく、2020年の段階でもうすでに始まっていたのです。2022年にロシアが大規模侵攻を始めた時には、ロシアもウクライナもお互いにドローンを使った戦いにはすでに慣れていたわけです。

柴垣:ということは、当時からドローンへの対策、セキュリティの強化がされていたのでしょうか?

廣惠氏:当時はドローン固有のセキュリティはそれほど議論されていませんでした。サイバーセキュリティ全般は話題になっていましたが、ドローンに限ったセキュリティはあまり議論されていなかったと思います。

ところが2022年以降、ドローンがこれだけ戦局に影響を与えるようになると、ドローンへの対処が一気に盛んになりました。

電磁波で妨害したり、サイバーで使えないようにしたりする動きが常態化し、今ではウクライナもロシアもお互いにセキュリティを高めたドローンを使っています。

柴垣:なるほど。そして廣惠さんは、全面侵攻前とはいえ、ウクライナ東部の前線にいらっしゃった。その時のお話もお伺いしたいです。

廣惠氏:現地への移動自体も命がけでした。私はキーウからクラマトルスクまでは空軍機で移動し、そこからウフレダールまでは陸軍のヘリコプターに乗りました。

そのヘリコプターがドアもなく、座ってシートベルトをしようとしたらシートベルトもない。ドアもシートベルトもないまま飛び上がって、ロシア軍のレーダーに捕捉されないよう電線ギリギリの超低空を飛ぶわけです。

操縦席をのぞいたら計器類がすべて壊れていてスマートフォンで飛んでいた。ただただ、祈るしかない状態でした。帰路は真っ暗な中、同じようにギリギリの高度で飛ぶのです。

柴垣:想像もつかないすごい世界ですね。

元陸将 廣惠次郎氏がウクライナを現地視察した話

廣惠氏:その後はコロナと戦争の開始が重なり、日本から現地へ行けた自衛隊員はおらず、私が唯一の現地視察者です。この盾も日本ではここにしかありません。

ハイブリッド戦(軍事作戦と非軍事的手法)の本質は、民間人が必然的に巻き込まれる点にあります。

サイバー空間はもともと民間人が作り出した空間ですから、攻撃を受ければ民間に直接影響が出ます。さらに情報戦・認知戦によって人々の認識そのものが操られます。

ドンバスにはロシア語話者が多く、長年にわたって「自分はロシア人だ」と刷り込まれてきたウクライナ人が実際に多くいました。ロシア軍が入ってきても歓迎した人たちすらいたほどです。

想像がつきづらいと思いますが、これが現実です。日本の産業界も、こうした多層的な脅威を他人事として捉えない姿勢が求められます。

官民連携とGMOの役割「DevOps思想とホワイトハッカーの活用」

元陸将 廣惠次郎氏が語るドローンのセキュリティ問題

柴垣:ドローンの社会実装が進む中で、空のセキュリティを担保するには法規制だけでは限界があります。日本が世界に誇れる安全品質を作るための官民連携の在り方を教えてください。

廣惠氏:最も大事なのは「DevOps(デブオプス)」という考え方です。DevとはDevelopment(開発)、OpsはOperation(運用)、この2つを掛け合わせた考え方で、英語ではDevOpsと書きます。

どういうことかというと、開発する側と実際に運用・使用する側の意見をどんどん入れながら一緒に作っていく手法です。

今までのものづくりは一方向でした。「こんなのができました、使えますか」というセールス型か、「こんなのを作って」と言ったらそのまま「はいできました」という一本道のプロセス。

そうではなく、「こんなの作ってください」「これで、どうですか」「もうちょっとここをこうしてください」「わかりました、改善しました」と、やり取りを何度も繰り返すやり方です。

ドローン・ロボティクス開発で最も重要な姿勢は、使う側の意見を細かく聞いて反映し続けることです。

予算の枠組みについても、工程ごとの固定費用ではなく、開発全体を通じた柔軟な査定ができるよう、変えていく必要があります。

ドローン次世代人材の育成と危機管理マインド

元陸将 廣惠次郎氏が取材に答えてドローン・AI・ロボティクスのセキュリティ問題を語る

柴垣:見えない脅威から組織や機体を守るために、これからのドローン・ロボティクス業界のリーダーに求められる危機管理マインドとは何でしょうか。

廣惠氏:準備が9割と言っても過言ではありません。

オペレーションを実行する際に、普段からしっかり準備をしておくことが非常に大事です。準備というのは、物を揃えることもそうですし、組織を作ること、人を育てること、そしてそのためには訓練をしなければなりません。

自衛隊がなぜ訓練をするかというと、いざ危機が起きてもいいように9割のレベルまで練度を上げておくためです。これを部隊の「練度」と言いますが、そういう準備をしておくことが今後のリーダーに求められます。

柴垣:具体的にドローンの人材育成についてはどうお考えでしょうか?

廣惠氏:ドローン教育については、操縦技術だけでなく電波・通信・サイバーセキュリティの知識を必修とする体制が必要です。加えて、発想そのものを変えなければならないと思います。

私たちの世代はゲームをやっていると怒られたものですが、実は今、ウクライナの現地でドローンを操縦しているのは、いわゆるゲーマーが非常に多い。ゲームをやっていた人たちが国家防衛に貢献しており、元々ゲーマーだった人が軍人として採用されてドローンを操っています。

なぜか?こうした世界観でドローンを操るというのはゲームのセンスがないとできないからです。何百キロメートルという速度で飛び、木の間をくぐり抜けてターゲットに当てる——これはもうゲームの世界なんですね。

もちろん例外もありますが、一般的には小学校や中学校くらいの頃からゲームをやりこんできた人たちの方が、そうしたドローンの操縦に優れている。たとえばの話ですが、軍人になってから育てようとしても、幼少期からゲームをやってきた人のセンスまでにはなかなかいかないでしょう。

これからのドローン産業は多様な人材を迎え入れ、教育を抜本的に見直すことが次世代を支える力になります。

柴垣:ゲーマーが最前線で活躍しているというのは、固定観念を根底から覆す話ですね。

もちろんこれは戦場に限った話ではなく、ドローン産業全体の発展を考えても、幼少期から培われた空間認知や操作感覚は、大人になってから習得しようとしてもなかなか追いつけない強みになる。

だからこそ、ゲームも含めた多様な経験や才能を持つ人材を広く受け入れ、教育のあり方そのものを見直していくことが、これからの産業を支える力になるのだと感じました。本日は大変貴重なお話をありがとうございました。

無人航空機(ドローン)時代における「通信と制御」のこれから

「電波を出すことが、存在を知らせることになる」廣惠氏のひと言が、通信と制御の防護がいかに根本的な問題であるかを端的に示していました。

ドアもシートベルトもないヘリコプターで電線ギリギリを飛び、スマートフォンで操縦される機体の中で祈ることしかできなかったという証言には、文献では伝わらない現実の重みがあります。

ロシアの全面侵攻が始まる2022年以前、2020年の時点でドンバスの空ではすでにドローン戦が始まっていた。通信と制御のセキュリティをめぐる問題は、遠い非日常の出来事ではなく、「空飛ぶコンピュータ」と不可分の課題として、すでに私たちの日常に近づいています。

産業用ドローンが全国の空を飛び交う時代が目前に迫るなか、安全は法規制だけでは担保できません。作る側と使う側の継続的な対話、官民の連携、そして次世代人材の育成。廣惠氏が語る構造は、日本のドローン産業が世界に誇れる安全基盤を築いていく上での指針となるはずです。

ドローンは、産業分野において人の作業リスクを軽減し、業務の効率化を支える存在であると同時に、趣味や空撮、ドローンショーなどエンタテインメントの可能性も広げています。

その一方で、ドローンは「空を飛ぶコンピュータ機器」でもあります。

だからこそ私たちは、単なる利活用の利便性だけでなく、「セキュリティ」という視点をこれまで以上に意識する必要があるのではないでしょうか。

今回の話題は特定の戦争に関するものではありません。むしろ、インターネットで結ばれたグローバル社会において、「通信と制御」の重要性を改めて見つめ直す契機となりました。
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