そんな中、豊富な現場経験とドローン開発のノウハウをもとに、「『ドローンの性能ありき』で事業のあり方が決まるようではいけない。あくまでも、産業分野の課題を解決するためにドローン側をフィットさせていく」と力強く語ってくださったのが、サイポート株式会社代表取締役社長 中西 淳さんです。
この記事では、現場の声を何より重視し、ドローンビジネスを展開する中西さんに、ドローン関連産業や市場トレンドについて詳しくお話を伺いました。
ドローンが飛ぶ地上150mは「フロンティア」新しいビジネスフィールドの出現
―官民を上げてドローン活用が進んでいますが、貴社ではどういった経緯でドローンビジネスに携わるようになったのでしょうか?
弊社は2015年に愛知県のIT事業支援を受け、インキュベーション(新規事業の創出支援)施設に入居して以降、組み込みソフトウエアや制御システムの開発・提供を行ってきました。
その活動の一環として農業IoTなどに携わる中で、出会ったのがドローンでした。「これは興味深い、農業にも活かせるはずだ」と感じた私は、部品を購入して、自らドローンを組み立てたんです。
試行錯誤を繰り返しながら、やっとまともに飛ぶ“第一号機”ができたのは2016年でした。しかし、当時市販されているドローンとは技術的に大きな格差があり、事業化するにはまだまだレベルが足りないことを実感させられました。
それでも、幸いなことに弊社には組み込み開発に関わってきた優秀なエンジニアがいます。リモートセンシングでデータを得られ、データを元にアクションを起こすことができ、しかもインターネットにもつながる。そんな「動的IoT」の象徴であるドローンを、会社をあげて開発していきたいと考えるようになったんです。
ただし、ここで強調したいのは、事業を「ドローンありき」で考えるつもりはない、ということです。ドローンはあくまでも目的を実現するための手段であり、大事なのは「ユーザーの目的に役立つモノ」を提供すること。開発に取り掛かってから数年経ちますが、「目的と手段が入れ替わらないように」と気をつけながら開発に取り組んでいます。
―貴社はその後、ドローンビジネスを大きく展開していらっしゃいます。
ドローンを飛ばせるのは高度0メートル〜150メートルの空域。ここはまさに、空のフロンティアです。
これまでのビジネスは地上、つまり「平面」で行われてきました。それが空まで広がると、フィールドが「三次元空間」になるわけです。
これは大きなビジネスになるぞと確信しましたし、ドローン自体にもまだ開拓されていない未知の可能性がある。そんな未開拓な領域への期待をかけて、農業分野や工場点検、さらには警備や防犯システムにおけるドローンの開発と利活用を進めることにしました。
付け加えると、まさに現在進行形でドローン飛行の法改正や各種制度の整備が進み、高度150m以上の空域や人口密集地域の上空、夜間・目視外での飛行(いわゆる「レベル4飛行」)が一部解禁されることとなりました。ドローンへの期待はそれだけ大きく、さまざまなビジネスチャンスにあふれているのです。
【ドローンの飛行レベル】引用:レベル4飛行の実現、さらにその先へ/内閣官房小型無人機等対策推進室
【ドローン開発実例】鳥獣害や作物盗難対策としてドローンが活躍
―貴社のサイトには多くの事例が紹介されていますが、特に印象深い事例、あるいは成功事例についてお聞かせください。
それでは、代表的な2つの事例についてご紹介したいと思います。
まず1つ目は、農業分野でのドローンによる鳥害対策です。
農家さんにとって「鳥が農作物を食べ散らかしてしまう」ことは大きな悩みでした。これまでにはカカシの設置をはじめ、反射板を使ったり、空砲を鳴らしたりと様々な対策を講じてきたものの、いずれも決定打に欠けていたそうです。「丹精込めて育てた作物がやられてしまう」——その悩みは非常に大きいことがわかりました。
調べてみると、さほど農地面積が広くない愛知県でも、例年の食害は約4億円にのぼり、そのうち鳥による被害は約2億円に及ぶことがわかりました。鳥による食害は、それほどまでに農業経営に影を落としているのです。
そこで弊社では、鳥害対策にドローンが活用できないかと考えました。
開発にあたっては、ドローンに鳥が嫌うカラーリングを施して飛ばしたり、さまざまな装備をつけたりしました。いずれも一定の効果はあったものの、とくにカラスは非常に賢く、すぐに慣れてしまうことが分かりました。それに、ひとつの群れを追い払ったところで、しばらくすると次がやってくることも。一連の経験を通し、鳥獣害対策は定期的に行わないと意味がないことがわかりました。
この経験を踏まえ、「人手をかけず、なるべく農家さんへの負担をかけずに継続して定期的にドローンを飛ばす」ことが大切だと分かった弊社は、ドローン発着の自動化を進めるべく、3年ほどかけて試行錯誤しました。
具体的には、ドローンの発着を自動化し、事前に決めた航行ルートを飛ばすドローンポートを開発しました。これは、持ち運びができる「ドローンの空港ターミナル」のようなイメージです。その結果、一反あたりの鳥による被害を約13%まで減らすことができました。
それから、もう1つ事例としてご紹介したいのが、ドローンによる作物の盗難対策です。
開発のきっかけは、果樹園を営む農家さんから寄せられた「生産物の盗難をなんとか防ぎたい」という声でした。みなさんもテレビ番組などで、一生懸命育てた果実や野菜を「盗まれた」というニュースをご覧になったことがあるのではないでしょうか。岐阜では2トン近い収穫物が盗まれたほか、静岡ではレモンが数トン単位で盗まれ、農家さんたちの悩みは切実です。
そこで今回、弊社が実施したのは「自律巡回型ドローンを使用した上空からの不審者の監視」です。
ドローンにはサーモグラフィーカメラを搭載することができますから、人の温度を検知し、侵入者を確認することが可能です。感知した時点で自動的に警報音を鳴らすとか、映像をリアルタイムで警備会社に送るなどして既存の警備システムと連携すれば、警備員が急行し、侵入者を確保することも容易になります。現在はさらなる高機能化を目指してモジュールを組み込むステージに進んでいます。
このドローンが完成すれば、ドローンポートを設置するだけで自動的に離発着し、充電も自動的に行えるため、農家さんの負担を大きく減らせます。この実証実験は多くのメディアに取り上げていただきました。
―いずれも素晴らしい事例です。しかし、ここまでの開発には大きな苦労も伴ったのではないですか?
そうですね。ようやくここまできたなというのが実感です。
各プロジェクトは5年ほど前から開発を進め、その都度、現場の声を聞いて少しずつ前進してきました。高い精度での着陸や、飛行高度の安定などには苦労しましたが、原因究明をしては解決策と機体の改善などを繰り返し、ここまでやってきました。
その道のりは決して平坦ではありませんでしたが、冒頭で申し上げた通り、弊社ではドローンに限らず、すべての研究・開発において「現場の声を聞き、課題解決のために何ができるか」を第一に考えています。
つまり、ドローンのスペックありきで「どう活用してもらえるかな?」と考えるのではなく、まずどういうニーズがあるのかを把握し、ニーズを満たすドローンをどう提供するかを考えていくのが私たちのこだわりなのです。
今後、ドローンの活用が広がれば、さまざまなユースケース(システムが目的を達成するまでの利用例)と課題が見つかり、解決法が模索され、どんどん改善が進んでいくでしょう。そのプロセスこそ、まさに「空の産業革命」です。
常に「現場のニーズ・課題」から始め、それぞれにカスタマイズしたドローンソリューションをご提案することこそが、結局のところドローンの社会実装に貢献するのではないかと。「空を見上げれば、ドローンが飛んでいる」そんな景色が当たり前になる未来は、そう遠くないと考えています。
純国産ドローンとカスタマイズで「自社に最適なドローン」を
―貴社では、必要な装備を選んで自由にカスタマイズできるドローンの販売も行っていらっしゃるそうですね。
はい。弊社の自律型ドローンは、ニーズに合わせて色々な装備をカスタマイズできます。
というのも、海外のドローンは、完成品として見ると素晴らしいものの、応用が効かないところがあるためです。
日本には日本固有のニーズがあり、事業者さんごとに求めるものも違います。たとえばひとくちに「工場内点検」といっても、何を点検したいのかはケースバイケースで異なります。カスタム可能なドローンなら、要望に合わせて必要な装備を組み合わせられるのはもちろん、飛行制御システムの改良も可能です。
「必要な装備とシステムを備えた、自社のニーズに適したドローン」を導入できれば、無駄を省いた、効率的なドローン活用が可能になります。これは、個別でドローン開発している弊社だからこそ提供できるソリューションです。
加えて、弊社では純国産ドローンも開発しています。
実際のところ、海外ドローンは完成度が高くコストパフォーマンスが良い。日本製のドローンで市場シェアを獲得するのは困難を伴うでしょう。
それでも、国産ドローンは重要です。サプライチェーンの問題もありますし、メンテナンスや故障時の対応も、国内のエンジニアリングで対応できるほうがいい。迅速なのはもちろん「ここをもうちょっと、こうしてほしい」といった要望にきめ細やかに対応できる良さもあります。
セキュリティ面での安心感も考えると、今後はやはり国内で開発された日本製ドローンのニーズ、特に産業用の純国産ドローンの需要は上がってくると考えられますので、弊社のドローンも一定のプレゼンスを発揮できるのではないかと期待しています。
ドローンビジネスの飛躍とこれからの課題
―これからのドローン業界はどのように発展していくと思われますか。
ドローンの国家ライセンス制が始まれば、ドローン市場は新たなステージに入るでしょう。
加えて、「空の産業革命に向けたロードマップ」で示されたレベル4の有人地帯での目視外飛行も一部解禁されます。これまで飛行ごとの許可や承認が必要だったレベル3飛行(無人地帯において、目視の範囲外でドローンを自動・自律飛行させる)も緩和される方向ですから、農業や測量だけでなく、物流業界での活用も進む可能性があります。
ただ、物流に関して言えば、街中配送をはじめとした「ラストワンマイル」(最終拠点からエンドユーザーへの配送)は、費用対効果などの観点から、まだ数年はかかるのではないかと個人的には思っています。
―急激にドローンが普及することで、どのような課題が浮上するでしょうか。
考えられる問題は、ドローンそのものではなく管理する体制です。
物流にせよ、点検業務にせよ、警備にせよ、ドローンをやみくもに飛ばすわけにはいきません。
ドローンを「空飛ぶクルマ」と考えてみてください。車は定められた道路を走り、信号で止まる。その他、ルールを遵守することによって事故を未然に防いでいます。これが可能になるのは、道路交通法があるからこそです。
多くのドローンが飛ぶようになれば、車の走行ルールと同じく何らかのルールを定めなければなりませんし、場合によっては「追い越し」や「渋滞」が発生するかもしれません。さらには衝突する可能性もあるわけですから、さまざまなリスクを視野に入れた運航管理が非常に重要になります。
それからもうひとつ、別の問題もあります。ドローンを取り巻く人材育成です。
たとえば、空撮のスキルを持った方は、かつては希少な人材でした。しかし最近では、ただ空撮ができるだけでは「付加価値がない」と言われてしまい、仕事として成り立たせるのが難しい状況になりつつあります。
いっぽうで災害対応や、それに適したツールの選定・操作、機体のメンテナンスなどに携わる人材は足りていません。飛行機であれば整備士という職業が確立しているように、ドローンが浸透していくには、ドローンに関連するさまざまな人材育成と仕事の供給が必要です。
さらに言えば、もっとも人材が足りていないのが自律型ロボットの開発に特化したエンジニアです。ドローンに限らず、エンジニアは枯渇している状況ですから、ドローン事業のエンジニアやメンテナンス人材の育成をスマートな形で行っていけるかがポイントになるでしょう。
弊社はドローンスクールを運営していますが、今後は技能習得者だけでなく、ドローンビジネスに関わるさまざまな人材育成に力を入れていかなくてはと思っているところです。
ドローン単体ではなく「ドローンビジネス全体」を発展させるために
―まだまだ課題がありつつも、大きな飛躍が期待できるドローンビジネスに参入しようと考えている方、あるいは開発に携わる方へのメッセージをお願いいたします。
ドローン業界はまだまだ黎明期です。黎明期の産業は、なかなか思ったとおりには進みません。私たちは何年もかけて開発に携わっていますが、忍耐と途切れない情熱がなければ、ドローンの分野を大きく開拓していけないことをよく知っています。
もしもドローン事業に携わりたいなら、ぜひご自身の「ドローンが活躍する未来へのビジョン」をしっかりと持ってください。自分たちが開発する機体やサービスがこれからの社会に絶対に必要だと信じ、情熱を絶やさずに取り組んでください。そんな熱い思いをお持ちの皆様と、ぜひともにドローン業界を盛り上げていけたらと願っています。