AI時代のエッセンシャルメディア:朝日新聞社・角田社長が語る「人間力」の逆説
弊社・森が投げかけたこの大胆な仮説に、「私も全く同じ認識です」と朝日新聞社の角田社長は深く頷かれました。
生成AIの台頭によりメディアの在り方が根本から問われる今、あえて「AI全振り」を掲げる角田社長の真意はどこにあるのでしょうか。
デジタル化の先にある「五感」と「リアルな体験」の重要性について、お話を伺いました。

朝日新聞社 代表取締役 CEO 角田 克 氏
インターネット黎明期のミスを繰り返さない:「AI全振り」宣言
――AIが急速に進化する中で、朝日新聞社ではどのような問題意識からAI活用を進めてきたのでしょうか。正直に申し上げれば、新聞業界は過去のインターネット黎明期において、取り返しのつかない大きな判断ミスをしました。
90年代後半から2000年代初頭、米カリフォルニア州・サンノゼに駐在していた記者は、「次はネットだぞ」と(シリコンバレーの動向を)伝えていました。
しかし、当時はまだ紙の新聞がとても読まれていた時代であり、全社的には「まだ紙でいけるだろう」という考えに支配され、取り組みが進みませんでした。
その間に各社の記事を一覧できるニュースサイトが台頭し、情報の流通をさらわれ、広告費もネットに持っていかれてしまった。
紙が落ちてくる中で分かったことは、やっぱりネット側が本筋になっていくということでした。
気づくのが遅かった。これは新聞業界を挙げてのことです。
森さんが仰った「IT革命は前座だった」という視点は、私も最近同じ認識に立っています。
これまで何があったかという蓄積が、今のAI革命に繋がっている。これらはどちらも大事な相関関係の中にあります。
ここでまた同じ判断ミスを繰り返してはいけない。
なかなか意識がデジタルに移行できない組織風土を打ち破るために、私はあえて「AI全振り」という強い言葉で発信し、社内だけでなく、新聞業界を刺激しているんです。

AIで時間を創出し、記者は人間独自の「生の情報」に特化する
――実際に、記者や編集者、社員に対して、AIやデジタル技術をどのように学ばせ、使わせているのでしょうか。原則は「気をつけながら、AIにできることは、AIに委ねる」ということです。
例えば、全国にある朝日新聞の販売店とのやり取りを整理したり、情報基盤を揃えたりするような定型業務には積極的にAIの導入を検討しています。
森さんのところでも事務作業のスピードは劇的に変わっていますよね?
――はい。今まで数時間かかっていた処理が数分、あるいは数秒で終わるようになっています。
大事なのは、そこで浮いた時間を「人間独自の頭の使い方の時間」に充てることです。
AIは過去の情報は把握していますが、現時点の、今からちょっと先のことは知りません。
特定の人間関係の中でだけ交わされる機微、現場の空気感など、AIにはリーチできない領域があります。
そうした「今、この瞬間の生の情報」を記者が足で稼ぐ。
人間同士のコミュニケーションや、より深い記者の動きに特化できるよう、AIを強力な武器として活用する体制を整えています。
AIを乗りこなすための土台は、泥臭い実体験の中にしかない
――AIを使ううえで、角田社長が特に重視しているのはどのような点でしょうか。スキル以上に必要な「力」があるのでしょうか。それは「検証する力」と「基礎の理解」です。
AIを使えば、パッとそれらしい回答やプログラミングのコードが出力されます。
しかし、その中身がなぜそうなっているのか、どうやって作られてなぜそうなるのかという基礎を知らなければ、途中で正誤の検証をすることすらできません。

これは記者教育も同じです。
例えば、事故現場に急行して、人がどう救出され、パトカーはどうやって着いてどう動くのか。
家族にどうやって連絡が行き、その家族にどうアポを取って取材するのか。
こうした一連の記者の取材活動の「イロハ」を身体に刻み込んでいない人間がいきなりAIを使うのは、非常に危ういと考えています。
想像できない世界を持ったままAIを使うのは怖いです。
基礎となるリアルな実体験という土台があって初めて、AIを道具として正しく「乗りこなす」ことができる。
自分自身の五感全部を使って世の中を把握することこそが、AI時代のど真ん中の教育になると考えています。
混乱の時代における「トラストアンカー」としての使命
――情報があふれる時代に、朝日新聞社として「これは身につけてほしい」と感じる力は何でしょうか。情報の「トラストアンカー(信頼の錨)」を見極める力です。
私たちはオールドメディアという言葉に対抗して「エッセンシャルメディア」と言っていますが、朝日新聞は手間暇をかけて取材し、裏付けを取り、多角的な視点で事実を検証する。
こうした、世の中に真っ当な情報の基盤を作ることが私たちの責任であり、誇りです。
私たちのコンテンツが流通し、皆さんの基盤にならなければ、メディアパワーを維持していけません。
「ここに来れば確実なことがわかる、本当のことがわかる」という信頼を、AI時代だからこそテクノロジーをフル活用して高め、皆さんが安心して錨を降ろせる場所であり続けなければならない。
受け手の皆さんにも、その情報が誰によって発信され、どのような裏付けがあるのか、どのような責任を持っているのかという情報源を問い続ける姿勢を持っていただきたいと考えています。

成功も失敗もし尽くす「生の経験」こそが最大の武器
――これからの時代を生きる子どもたちに、早い段階から意識しておいた方がよい能力や感覚は何だと思われますか。「生の経験」に尽きます。
私は生まれてからある一定の年齢、仮に18歳くらいまでの間に、いかに「直の経験」を多くやるかが重要だと思っています。
泥臭く「自分でやってみる」プロセスは不可欠です。
人間関係や感情の機微、あるいは「歯が痛いってどういうことだ」といったダイレクトなやり取りや感覚を、自分の身体で把握しておくこと。
便利なツールに飛びつく前に、生の体験を、成功も失敗もたくさんし尽くしてほしい。
身体性を伴う経験こそが、AIに振り回されないための最大の武器になると確信しています。

AIで空いた時間を「人間らしさ」の再発見に
――最後に、デジタルやAIに不安を感じている保護者の方に、一言いただけますか。AIという技術革新からはもう逃げられませんし、便利なものは一度使い始めたら戻れません。
しかし、だからこそ「生身の人間がすべき経験」を大切にしてください。
事務的・定型的な部分はAIに任せてしまっていいのです。
そこで空いた時間を、子どもと一緒に現場へ行き、空気を感じ、人間らしさを磨く時間に充てる。
そうしたリアルなコミュニケーションや生活体験を、成功も失敗もたくさんし尽くさせてください。
朝日新聞もまた、皆さんがその新しい時代を歩んでいくための確かな情報をお届けします。
――ありがとうございました!
インタビューを終えて
AIを積極的に活用する朝日新聞社の姿勢の根底には、「人間でしかあり得ない生の体験」への強い信頼がありました。効率化によって生まれた時間を、深い取材やリアルなコミュニケーションに再投資する。
便利さが極まる時代だからこそ、身体感覚による理解という「基礎」を大切にする。
この姿勢こそが、次代を生き抜く本質であり、朝日新聞が目指す「トラストアンカー」の形であると感じました。
聞き手:GMOメディア株式会社 森 輝幸
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