今回は、『Tech for elementary』を運営する株式会社エクシードの代表、尾市守さんと取締役の澤部愛子さんにお話を伺ってきました。
システムエンジニアから教育事業へ
人との出会いが生んだ『プログラミング教育』事業への参入
ー尾市さんは、もとは基幹系システムの、『SE』出身ですよね。教育ビジネスにおいては異色のご経歴とも言えます。もともとは、UNIX系の運用エンジニアとしてサーバの管理や障害対応をやっていましたが、その後、クラウドサービス会社のBtoB技術営業を経て、コンサルティングファームに転職しました。
そこでは、営業支援システムや顧客管理システムなど、ITシステムで事業を改革するようなプロジェクトを中心に担当していました。自分の会社を立ち上げたのは7年前で、初仕事が学習塾のWEBサイトリニューアルでした。
そのときに打ち合わせのなかで教育の話を聞き、「教育とは人づくり、世の中づくりなのだ」と感銘を受けたのが、この事業を始めたきっかけです。ほとんど偶然というか……人と人のめぐり合わせが良かったのかな。
ー偶然にしては、「プログラミングスクール」という選択は時流をバッチリ掴んでいたように思うのですが
当時は、ちょうどプログラミング教室の動きが出はじめていた頃でした。しかし、あの頃はまだ都市部が中心で、地方は弱かったんです。
それで、地方にある塾や教室を持っている事業者さんと組んでプログラミング教育ができれば面白いのではないかと考え、動き始めたのが2015年の1月頃です。
政府戦略が出たのが2016年5月なので、「追い風が吹いた」という感じはあります。もとから『教育とIT』に対してアンテナが立っていたのでキャッチアップができたのだとは思うのですが、それは正直予想外でした。
あくまで事業を始めたのは、私自身の原体験として、子供のころに自作のゲームで遊んだ楽しさを、いまの子どもたちに伝えたかったからです。
そんな思いが先にあって、そこでScratchというビジュアルプログラミング言語を知り、トライアルも兼ねて長野県と神奈川県で1日体験教室を開きました。
それにとても人が集まってくれて、世の中に求められていたのだということが実感でき、それから本格的に事業を始めました。
ー事業を展開してくのにFC(フランチャイズ)・映像授業という方法をとった理由を教えてください
事業展開の課題は、講師の確保でした。講師によって授業の質が変わっては困るし、1人の講師があちこちに飛び回って教えるのは無理があります。
それに親心として、子どもを通わせる教室は、家から近いホームティーチャーのほうが安心です。
そこで、映像教材で授業の質を統一化し、1人でも多くの子どもが地域格差なしにプログラミングを体験できる環境を整えようと思ったのです。
当時は、FC展開をしているプログラミング教室はめずらしく、情報発信をしていたブログには、全国から問い合わせが来ました。
ーFCの開業費用も月謝も、業界全体から見るとかなり低額ですよね
理念としては『1人でも多くの子供に』と思っていますので、初期費用がネックになってはいけません。
ビジネスモデルでいえば、少人数で小回りのきく組織体を保ち、オンライン会議ツールやSNSなど、既存のサービスを活用することで、運営コストを最適化できています。
また、教材も自社で制作しているのも、費用を抑えられている要因です。
隅々まで教育を届けるという事
ーFC展開している教室はどのようなところがありますか?現在は、およそ200教室のうち8割が、教育関係の事業者さんです。
学習塾やパソコン教室などの既存の学習環境に、オプション的にプログラミング教育のコースを加える形が多いようです。自宅開講の教室では、家庭のある方やエンジニアの方など、さまざまな講師がいます。
象徴的なのは、山梨県の教室です。プロのゲーマーを目指していた息子さんに、「そのためには、ゲームを作る知識や技術が必要なのでは?」と考えたお母様が学ぶ場所を探したのですが、見つからない。それなら開業しよう!と、東京の説明会に来られました。
現在は、10人ほどの生徒さんが通っているそうです。
石垣島から「子どもに習わせたくて教室を探したけれど、島にないから自宅で開講したい」という相談を受けたこともありました。本当に隅々にまで教育を届けるって、こういう事なのだなと思います。
海外では、バンコクとジャカルタに教室があります。主に現地の駐在日本人向けに、塾を開講している事業者さんが運営しています。バンコクではタイ語の字幕をつけて、現地のお子さんに教育をする動きもあります。
東南アジアでは「日本式の教育塾」にブランドがあるようです。地域格差をなくすことは目指していたのですが、まさか海外から引き合いが来るとは思っていませんでした(笑)。
ーどんな生徒さんが多いのでしょうか?
小学校3、4年が中心ですが、中高生や還暦を過ぎた生徒さんもいらっしゃいます。いわゆる富裕層ではない、普通のご家庭の生徒さんが多いと感じます。
論理的思考能力が身につくから...とかではなく、「ほかの習い事は続かないけれど、ここだけは楽しく通っている」というお話も聞きます。
月に2回の教室が多いのですが、お子さん自身がハマって、やめないようです。とくに宿題もないのですが、自分のデータを持ち帰って、ご自宅で開発を続けるなんてことも自然に起きているようです。
月謝が業界のなかでは低額なほうなのも、続けることができる理由かもしれません。現在、全国で生徒さんは1100人くらいです(2018年6月時点)。毎月100人くらいずつのペースで増え続けています。
ーまさに『寺子屋』という感じですね
寺子屋は、江戸時代の子供たちが集う学びの場でした。
現代のプログラミングは『読み書きそろばん』にあたる一般的なリテラシーだと考えています。
やれて損はないこと、学びたいときに通える場所があること、そこに大人が寄り添ってサポートできることを目指したいのです。これからも自宅開講型の教室は寺子屋のイメージで増やしていきたいですね。
ー自宅開講の教室で、Scratch以外の教材を使っている教室もありますか?
いまのところScratchの初級コースを実施している教室が多いですが、ある教室では『はじめてのアプリ開発』コースに進みたいというお話が出ています。
ただ、Scratchなどのビジュアルプログラミングと、コードベースのプログラミングの間をつなぐコースには悩んでおり、ゲーム作り要素の強いUnityか、ハードウェアを使った教材でロボットプログラミングをしてみるのもいいかな…。
映像授業のボリュームはScratchを中心に週2回のクラスで4年分ありますが、開業して3年ほど経つのでそろそろScratchのコースが最終段階に入っているお子さんもいます。
ー生徒さんの成長にあわせて、教室も変わっていくのですね
プログラミング教室の現状とこれから
ーまだ現段階では、『プログラミング教育』と聞いてもいまいちイメージがつかめず、身構えてしまう保護者さんもいると思います。保護者の方は「論理的思考能力が~」などと言われてもあまりピンと来ない方が多いと思います。
そこで、まだプログラミング教育自体の認知度が低いので、まずは親しみやすい情報発信をしようと、今年の4月にオウンドメディアを立ち上げました。これを紙に印刷して教室に置いてもらったり、会報誌のように配ったりしています。
また、現在、学校法人から教員研修の依頼がきています。小学校での必修化にあたり、まず先生がプログラミングとは何なのかを知る必要がありますよね。
全国に加盟教室があるからこそ対応できるものだと思っています。民間も学校法人も、何をしたら良いのか手探りです。
ー今後の事業展開について聞かせてください
今年の夏に、千葉県と兵庫県でITキャンプを開催します。
タブレットだけでドローンを飛ばしたり、ロボットを動かしたり、動画をつくったり、ノウハウが確立したらパッケージ化して、全国に展開していきたいと思っています。
事業展開でいえば、海外からの引き合いがとても多いので、海外への展開は進むと思います。僕個人としては、国内では、離島や山間地域にも教室を届けたいですね。
教材面では、RubyやUnityなど、Scratchの次のステップのコースは作成する予定でいます。
どちらかというと、事業者さんや加盟教室さんから「こういう教材が欲しい」という声を聞いて、求められているものを作っていくようにしたいです。
現在、無料の会議ツールを使ったオンラインサロンを毎月ひらいて、皆さんの声を聞くようにしています。加盟者さん同士も仲がいいようで、地域によっては交流会が自然発生したりもしています。
いろいろな立場の、いろいろな人が発言しあう場所があって、そこから『本当に必要なもの』が見えてくる。それを実現した結果が現在の業態です。
ーありがとうございました
編集部より
時代の変化を鋭く読み取り、変化する柔軟さが印象に残るインタビューでした。尾市代表ご自身が、地方のご出身とのこと。IT教育の革新は、お2人の柔軟さと「1人でも多くの子どもにプログラミング教育の機会を届けたい」という普遍の理念によって実現していました。