「人材に恵まれた」ドローン開発
――ドローン産業に参入したきっかけを教えてください。もともと僕は、財務に関するコンサルティング会社を経営していました。そのご縁で知り合った日本マルチコプター協会(JMA)の理事から、「ドローンは面白いからぜひやってみなよ」と言われ、「じゃあ、やるか」と(笑)。それでJMA認定のドローンスクールを始めることにしました。
(取材)一般社団法人日本マルチコプター協会(JMA)|全員が"親方"だからこそ生まれる事業シナジーでドローン市場を盛り上げる
ドローンの普及とドローン飛行による安全な社会を目指し、2018年に設立された一般社団法人日本マルチコプター協会(JMA)。JMAの特徴は、もともと商工会議所に所属していた経営者らによって組織されている点にあります。 そんなJMAで代表理事を務める工藤政宣さんに、JMAの活動内容や目指す未来についてお伺いしました。
この記事をcoeteco.jp で読む >――その後、ドローンの開発にも踏み出されます。どういった背景があったのでしょうか。
ドローンスクールを運営する中で、「他のスクールにはない強みを出したい」とずっと思っていました。そこで、自分たちでドローンを作ることができれば、仕組みや機能についてよりリアルな情報を受講者に伝えられると考えたんです。
とはいえ、最初はゼロから機体を作るつもりではなく、既存の機体を分解して組み立てる想定でした。ただいくつかの会社に問い合わせてみましたが、機体が高かったりこちらの望んだ対応ではなかったりと、なかなか自分が思い描いているものに出会えなかった。
ならばと社員にホームセンターでタンクを買ってきてもらい、既存のドローンに付けて少し手を加えてみたところ、想像以上にいい感じのものができたんです。「ここまでできるなら自分たちで作ろう」ということで、開発に踏み切りました。ドローンを作るのは純粋に楽しいですしね。
――「ドローンを作ってみよう」と思って、実際に作れるのがすごいですね。
これは本当に人に恵まれたおかげです。スクールを開講するにあたって講師の募集をしたところ、たまたま空撮技術に長けた人や実際に機体を作っていた人が集まったんです。また茨城には筑波大があり、優秀な学生も多い。「このメンバーなら作れるかもしれない」と思える人材が集まったことは大きかったですね。
安くて便利な「DMTER M6」
――どのような機体を開発されたのでしょうか。当社がまず開発したのは、「DMTER(デメター)M6」という6リットルの農薬を搭載できる小型の農業用のドローンです。いまでは10リットル、30リットル搭載できる機体も予約受付中ですが、「DMTER M6」に関しては小型であることが選ばれるポイントになっています。
ドローンメーカー各社が展開しているドローンを見ると、農薬散布用の機体は基本的に20~30リットルの農薬を搭載可能な大きいサイズのものが多いんです。ただ、北海道は別として、多くの農家はそこまで大きな圃場を持っていません。2017年の「農林水産統計」を見ると、北海道以外の一戸当たりの耕地面積は1.57ヘクタールとなっています。
10リットルの農薬があれば、1ヘクタールの田んぼに農薬をまけます。自分の畑にまける農薬さえあれば、小さい方が軽い上に小回りも効き、便利です。そこで開発するにあたっては、「女性でも簡単に扱えるくらいに小さくて使いやすいものを作ろう」と決めました。
それに、大きい機体は値段も高いですからね。ざっと300万円は必要です。たとえ高いスペックがあったとしても、あまり高いと普通の農家には手が出せません。
何より、そもそもそんな高い性能を必要としない場合も多いんです。たとえば、DJI社のドローンは障害物を避けるセンサーが非常に優れていますが、農薬散布の場面では、田んぼの境界にある樹木や家が反応して散布が停止してしまうため、せっかくのセンサーをオフにして使用しているケースがよくあるんですよ。
なので、当社の「DMTER M6」はあえてセンサーを付けない代わりに値段を135万円まで抑えました。これよりも安い機体は、液晶画面が搭載されていないなど使い勝手の面で課題があります。私たちの機体は、必要な機能は搭載している上に安い。より多くの農家に使っていただけるものだと確信しています。
――具体的にはどのような機能を搭載しているのでしょうか。
たとえば、飛行の速度に合わせて農薬の散布量を調整することができます。これまでのドローンでは「農薬散布のスイッチをオンにしたまま飛行だけを停止したところ、農薬が漏れてしまった」といったケースも起こっていたのですが、DMTERシリーズは飛行が止まると自動で散布も止まるよう設計しています。
そのほかには、ヒートシンクも付いています。ドローンは熱の影響を非常に受けやすいんです。ヒートシンクを付けることにより熱暴走を防ぎ、より安全に飛ばすことができます。
――農家のニーズを丁寧にくみ取ってらっしゃるんですね。
これはスクールのおかげです。僕は自分のスクールだけではなく、JMAが展開している別のスクールでも講師をやらせていただいているので、そこで農家の方々の生の声を聞けるんです。
――想定していなかったニーズの発見もあったのでしょうか。
話を聞いていると、みなさん僕の想像以上にいろいろな用途での活用を希望していることに気付きました。たとえば樹木への農薬噴霧や害虫駆除。普通の田んぼへの農薬散布だと上から下にまくわけですが、りんごや桃などは木に実がなるため、下から上への噴霧が必要になります。
そこで、「真正面に散布したい」「上方に噴霧したい」などの要望に応えられるアタッチメントを開発しました。このアタッチメントを取り換えるだけで前方から後方、上方に至るまであらゆる角度への噴霧が可能になります。
実は、これはほかの国産メーカーやDJI社製のドローンにはない機能です。ニーズに合わせて開発したことが、当社のストロングポイントになりました。農薬散布だけでなく、自宅の2階の軒下にできてしまった蜂の巣に駆除用の殺虫液をまいた事例もあると聞いています。
国家資格の試験機にも!汎用点検ドローンINSPECTER
――新しいドローンを販売されるとうかがいました。INSPECTER(インスペクター)ですね。これは赤外線カメラを搭載した汎用点検ドローンで、2023年1月から納入を開始します。 上から下まで撮影できる6倍ズームカメラを標準搭載していますが、赤外線カメラや温度を測定できるマルチスペクトルカメラ、360度カメラも取り付けられます。
たとえばマルチスペクトルカメラを使えば、稲の生育状況をドローンで確認することが可能です。
これだけいろいろなカメラを一台に搭載できる国産の汎用ドローンはほかにありません。現在、国家資格である操縦ライセンスを取得するための試験機としても活用できるよう、国土交通省に申請中です。
――操縦ライセンス資格を取得するための講習機にもなるんですね。
INSPECTERの開発途中に、日本UAS産業振興協議会(JUIDA)加盟スクールの方やスクール関係者の方たちから「国家ライセンスを取得するための講習機体の選択肢がない」と相談を受けました。いま講習機として要件を満たしている機体は高いですし、DJI社製のPhantomは生産終了になってしまったので、今かなり値上がりしています。ドローンはどうしても壊れてしまうこともある中で、高い機体がメンテナンスできないのはやっぱり嫌じゃないですか。
そこで、急遽試験に対応できるものを作ることにしました。いまは「講習機セット」として送信機やバッテリーと併せたセット販売を開始しており、わざわざ北海道から来られて購入されたケースもあります。
――INSPECTERにはどのような特徴があるのでしょうか。
「安くて汎用性がある」というコンセプトはDMTERと変わりません。サイズは Phantomより少し大きめになります。特徴としては、2台の送信機を1機の機体に接続し、ワイヤレスで切り替えができること。あとはカメラの性能が高く、夜間でも視認性が非常に高いんです。スクールで夜間飛行講習を行う際の安全性が高くなることも、売りの一つです。
またもちろん、講習機としてだけではなく点検機としての活用も可能です。そのため、ライセンス取得に向けた講習が終わった後、実務レベルの講習にも使えます。
――今後、社会にどういったインパクトを与えていきたいとお考えでしょうか。
ドローンはまだ、社会に十分受け入れられているとは言えません。社会受容性を上げるためには、みんなに「便利だね」と思ってもらうことが重要です。そこで私たちには、便利なものを作っていくことが求められていると考えています。
今後の展開としては、2023年3月ごろに屋根裏・床下点検用FPVドローンを、4月ごろに太陽光パネル清掃ドローンをリリースする予定です。
後者は住宅の上に載っている太陽光パネルを清掃するもので、ハウスメーカーやメンテナンス会社向けのドローンです。水を噴霧して清掃する、「ルンバ」(ロボット掃除機)の機能を持ったドローンのようなイメージです。
このようにいろいろな場面でのドローンの活用事例が増えていくことで必然的に社会受容性が増し、「ドローンが飛んで当たり前」の社会になっていくと考えています。
それ以外には、子どもたちへの普及活動にも力を入れていくつもりです。いま、日本の教育格差は深刻です。そこで私たちはドローンを使ったプログラミング教室を無料で展開し、子どもたちに分け隔てなくドローンやプログラミングに触れてもらう機会を提供しています。
そこからドローンやプログラミングに興味を持ち、世界に通用するエンジニアが出てくることを非常に期待しています。私たちがの活動がそのようにつながっていくことで、結果として社会に大きなインパクトを与えられるのではないかと思っています。