家庭環境や経済状況によるIT教育格差が指摘されている現代において、このような事例は、同じような環境で困っているご家庭・子どもたちに対して「勇気」を与えてくれます。
今回はキッズドア、ならびに42 Tokyoの取り組みについてご紹介したうえで、42 Tokyo合格までの具体的な軌跡を探るべく、当事者であるSくん(仮称)本人をはじめ、キッズドア 事業戦略部 IT Drive担当部長 髙橋 信弥さん、42 Tokyo 副理事長/事務局長 佐藤 大吾さんの3名にお話をうかがいました。
"子どもの応援団"として支援を提供する「キッズドア」
キッズドアは「経済的格差が教育格差であってはならない」の考えのもと、すべての⼦どもが夢や希望を持てる社会の実現に向けて活動している、子ども支援に特化した団体です。東京・千葉エリアと東北エリアに展開しており、2022年時点の総生徒数は小学生~高校生まで全2,030人。その一人ひとりと向き合い、無料でありながらも質の高い教育支援を提供しています。昨今は子どもたちへの情報・IT教育の必要性が叫ばれていることもあり、IT支援にも精力的に取り組んでいるところ。2020年から通信技術・半導体大手「Qualcomm」と子どもたちへのIT Driveワークショップの提供を行っており、2021年には大手パソコンメーカー「日本HP(二ホンエイチピー )」と手を取り合い、東京都江戸川区「共育プラザ中央」の一角にeスポーツコーナーを開設しました。(なお、この活動には、今回取材したSくんも全面的にかかわっているそう。)
活動を自団体にとどめず、同じ志を持つ企業・ボランティア・行政などと積極的にタッグを組んで活動している点も、キッズドアの強みの一つです。
認定NPO法人キッズドア|子ども支援に取り組み貧困の連鎖を断ち切る
認定NPO法人キッズドアは、日本国内の子ども支援に特化しすべての子どもが夢や希望を持てる社会の実現に向けて活動しています。子どもの貧困を筆頭に、子どもをめぐる社会課題の解決に取り組んでいます。皆様からの寄付支援で子ども達の未来が変わります。
この記事をkidsdoor.net で読む >共育プラザは、中学生・高校生世代の活動支援、子育て支援、世代間交流を行っている施設です。 2024年2月26日新しく中学生、高校生になるみなさんへ 中高生は共育プラザを利用するにあたり、登録が必要です。 新しく中学1年生になったみなさんは、 4月1日以降に最初にプラザを利用するときに、 中学1年生になったことを受付で伝えてください。 カード(利用登録証)を作成します。 ...
この記事をkyoiku-plaza-chuo.tokyo で読む >42Tokyoは「あらゆる制限を取り払ったエンジニア養成機関」
「42(フォーティーツー)」とは、フランスの実業家が2013年に設立したソフトウェアエンジニア養成機関のことです。「42 Tokyo」はそこから展開された日本初のキャンパスで、2020年6月に開校しています。「挑戦したいすべての人に質の高い教育を。」をコンセプトとしており、経歴不問かつ学費無料、さらには24時間いつでも開校している点が大きな特徴。最新のカリキュラムで、思う存分プログラミングを学習できる環境が整っています。
42 Tokyoは学費完全無料、24時間利用可能な施設、問題解決型学習など革新的な取り組みでエンジニアを育成する機関です。
この記事を42tokyo.jp で読む >42Tokyo合格者「Sくん」とキッズドアのかかわり
キッズドアでは「家庭の経済事情が原因となる『学びの差』を生んではいけない」との思いから、経済的に厳しい環境にある子どもたちへの教育支援活動を実施してきていました。Sくんとも、この活動を通して関わりを持つようになったとのこと。中学2年生のときです。塾のような形で学習支援を受け、勉強させてもらっていました。
もともとゲームが好きだったSくんは、キッズドアの担当者であった髙橋さんからの「ゲーミングスペースを作ろう」との提案に強い興味を抱き、参画を快諾。空間をどう設計していくか、活発にアイディアを出し、実現させました。Sくんは謙虚に、「自分ひとりの力ではなく、仲間と協力したからこそ完成までこぎつけられた」と話します。
もともとゲーム機材やパソコンについては詳しかったんでしょうか?
ゲームがすごく好きだったこともあり、ゲームの機材に関する知識はある程度は備えていました。
ただゲーミングPCは持っていなかったので、パソコンやその他周辺機器の選定については「どういったものを使ったらいいかな?」と周囲に相談しながら進めました。
プレイするゲームによって使う機材(コントローラー)が異なるなど、自分ではわからない点もあったので、キッズドアの髙橋さんを始め、いろいろな人にアドバイスもいただきました。
PC本体は日本HPさんに提供していただきましたが、ゲーミングPCルームのレイアウト自体はSくんの采配に任せていました。
そうしたら、想定していなかった床のOAフロア化などに取り組みはじめて、危うく予算オーバーに陥りかけたのは忘れられないエピソードです。
最終的には日本HPにご相談し実現することができました。Sくんのセンスやこだわりが感じられた出来事でした。
出でよ未来のプロゲーマー! 中高生たちが作り上げたeスポーツコーナー
「力を合わせて作り上げる経験ができた」と満足げに語る高校生。作り上げたモノは、中高生たちが無料で利用できる「eスポーツコーナー」です。フロア設備や機材、運営ルールまで、中高生たちが自分で考えて実現までこぎつけました。
この記事をnews.mynavi.jp で読む >小学校のクラブ活動を通じてプログラミングと出会う
そんなSくんがプログラミングと出会ったのは、小学校でのクラブ活動がきっかけでした。プログラミングに取り組み始めたのはいつからなんでしょうか?
小学校のころからです。パソコンクラブに所属してずっと「スクラッチ」をやっていました。そのときは、横スクロール系のゲームを作っていました。
それから中学でも少しスクラッチを続けていましたし、高校でも研究活動の一環でプログラミングを学ぶ機会がありました。
「面白そうだ」との思いから何気なくWebテスト(一次試験)に挑戦した結果、Sくん本人も「受かっちゃった」と話すほど首尾よく通過。「行けるかもしれない」と感じたS君は、その勢いで二次試験「Piscine(ピシン)」に申し込んだところ、合格率4%前後の難関を突破し、見事合格を勝ち取ったのでした。
学びの機会を奪ってはいけない。42Tokyoの誕生秘話・教育方針
こうしてSくんが入学した「42」はもともと、フランス・パリで生まれたエンジニア養成機関です。その精神を引き継いだ「42 Tokyo」は、オープンしてからおよそ3年。日本進出のきっかけとなったのは、42 Tokyo最大のパートナー企業である「DMM.com」会長兼CEOの亀山氏の働きかけがあったからこそだと、42 Tokyo副理事長/事務局長の佐藤さんは話します。42 Tokyoは、どんな経緯・思いのもとに設立されたのでしょうか。
「42 Tokyo」オープンの背景には、メインサポーター企業である「DMM.com」の代表、亀山氏の思いがありました。
亀山氏は大学に行けず、専門学校も中途退学し、露天商(※)からビジネスを始めるという困難を乗り越えて現在のDMM.comを築き上げました。
この経験から「学びの機会に接することさえできれば、誰でも頑張れる」と確信した亀山氏は、「経済環境にかかわらず学びの機会を提供したい」と考えるようになったそうです。
そんな亀山氏にとって42の理念は、まさに共感のひとこと。そこで、フランスの42本部へ自ら掛け合い、日本への展開を決めたのだそうです。
亀山氏の「誰でも挑戦できる環境を作りたい」思いを如実に反映した42 Tokyoは、企業をパートナーとし、学生たちからは入学金や学費を一切徴収しない運営方針です。もちろんそのカリキュラムについても、業界からたびたび注目を集めるほど「革新的」な内容となっています。
具体的な特徴としては、以下の3点が挙げられます。
- 授業形式ではなく、先生がいない
- 次々と課題が提供され、解決していく「PBL(プロジェクトベースドラーニング)形式」を採用している
- 学生同士で教え合う「ピアラーニング」を採用している
42 Tokyoには、講師や先生からのアドバイス・講義などは一切用意されていません。課されるプロジェクトを仲間と共に解決し、解決のたびに得られるポイントを貯めていくことで、自身のレベルアップを行う「RPG」のようなゲーミフィケーションによる学習形式を採用しています。
実社会に出れば「先生がいない」「授業がない」は当たり前。42 Tokyoではそんな実践的な環境を覚えさせるために、インターネットや仲間に頼りながら進めていくことを推奨しているのです。
エンジニアというと、一人黙々とパソコンに向かって取り組むようなイメージが強いかもしれません。
しかし、実社会でエンジニアとして働いていくためには、エンジニアリングスキルはもちろん、コミュニケーションスキルも身につけなければいけません。
そのため、42 Tokyoのカリキュラムは、自ら他のメンバーとコミュニケーションを取ることでカリキュラムを進行することができる仕組みになっています。
この考え方は入学試験の項目にも反映されており、二次試験(ピシン)の評価項目には「この人と一緒に働きたいですか」といった内容が設けられています。つまり、周囲のメンバーと気持ちよく協働できる方でなければ、42 Tokyoに入学できないのです。
Sくん合格の軌跡に、42 Tokyo佐藤さんが踏み込む
難関「42 Tokyo」に入学を果たしたSくんに、理事長の佐藤さんはいろいろと聞きたいことがある様子。インタビュー後半では、Sくん×佐藤さんの対談が盛り上がりました。42 Tokyoでは「コミュニケーションスキル」の方を重視している
佐藤さん(以下、佐藤):Sくんは、入学して1ヶ月くらいですね。42での生活はやっていけそうですか?Sくん(以下、S):カリキュラムとしては、もうすぐレベル1に上がれそうなところで、何とかやっていけそうです。ただ、やっぱり簡単ではなくて、しっかりコミットしなければついていけないなと感じます。
佐藤:42に入学する前のプログラミング歴は?
S:ほぼ「ない」に近いですね。ビギナーもビギナーでした。
佐藤:ここは42 Tokyoの特徴なのですが、4週間の二次試験(ピシン)では、その時点でのプログラミング能力は問われないんですよ。それよりも「プログラマー・エンジニアとして学習を続けていけるかどうか?」を見ているんです。
佐藤:その資質の一つが、先ほども述べた仲間と協力するための「コミュニケーション力」と、いかにコミットできるかの「集中力」です。若いうちはいろいろなことに目移りしがちですが、よそ見をせずにやりきるコミットメント能力さえあれば、プログラミングに関する突出した能力がなくても大丈夫ですよ。
合格率4%の二次試験「Piscine(ピシン)」の難しさ
――これまで何度か「ピシン」についての話が出てきましたが、ぜひSくんの体験談を聞かせていただきたいです。S:ピシンは、フランス語で「スイミングプール」を意味します。つまり、泳げない状態でプールに放り込まれて、溺れずに生き残れるかどうかを試される場というわけですね(笑)。実際に、試験会場に着いたあとも「スタート」の合図すらなく、気づいたら始まっていました。誰かに「助けて」と声を上げるまで何も進まないというのは、なかなかない試験形式ですよね。
佐藤:日本では試験中に話しかけると、ただちにカンニングとして咎められる世界観ですからね。とはいえ、「どんどん話しかけて進めよう」とすら説明されないのは不親切すぎるため、今後は改善しようと思います(笑)。
S:それで、いざ試験が始まると、なにせ右も左もわからない状態ですから、1~2週目がとにかくつらくて。ようやく慣れてきたと思えば、3~4週目でミスが見つかってまたどん底に落とされたり、感情の起伏が激しかったのを覚えています。でも、それを乗り越えて最後まで行けたときには、かなりの充実感が得られました。
徹底的に「基礎」を大切にする学習方針
――42 Tokyoのカリキュラムについて、具体的な課題の内容やレベルについて教えていただけますか。S:42のカリキュラムは「基礎を知らなければ、応用的な知識は使えない」という発想で設計されているそうです。Webサイトやゲームなど、分かりやすい成果物をゴールに設定し、制作を進めながら基礎を学ぶ一般的なスタイルではなく、C言語を基礎から学び、「プログラミングとはなんたるか」を理解するところから始まるのが特徴的だと聞いています。
佐藤:その通りです。ピアノの練習で説明すると、いきなり好きな曲を弾きはじめるのではなく、楽譜の読み方や運指など基礎的な勉強をしていった先に「曲が弾ける」というゴールがあるイメージですよね。最初はとっつきにくいことも多いのでモチベーションの維持は難しいかもしれませんが、どんな言語にも応用できる、本当の基礎力が身につきます。
S:はい。といってもやっぱり、難しいですけどね(笑)。それでも、「今学んでいることは、必ず意味があるはずだ」という気持ちを持って、現在まで続けてきています。
佐藤:「何のために勉強しているんだろう」といったその気持ち・思いは、これからどんどん強くなっていくかもしれません。ただ、目安としてだいたいレベル9まで上がると、大学の一般教養課程にあたる「ファーストサークル」と呼ばれる基本カリキュラムを終えたと認定されるのですが、そのレベルまでいくと「そういうことだったのね」と、点が線になるタイミングがきます。
ファーストサークルを終えれば、大学でいうところの専門課程にあたる「セカンドサークル」へと移っていきます。そこではこれまで培った土台を活かして、自分のやりたいようにのびのびと専門性を極めていけますから、楽しみにしていてください。
――まだ入学して間もないSくんですが、現時点で42に感じている魅力は?
S:一般的な大学は、例外はあれど、基本的には理論を学ぶことが中心になっています。対して42はプログラミングの基礎に加えて、開発実践する力が求められます。さらに他のエンジニアの仲間たちと「助け・助けられ」の関係を築くためのコミュニケーション力も求められます。そして、海外のキャンパスとのカリキュラム連携によって英語が身につく点も魅力を感じています。
佐藤:エンジニアリング技術・プログラミング技術のようなスキル習得「だけ」が目的でない点は、42ならではの良さですよね。学生たちからは「エンジニア仲間がたくさんできることも大きな財産だ」と言われることもあり、ネットワーキングもまた、42の魅力だと考えています。
しかもファーストサークルからセカンドサークルに移れば、世界中にある49(2023年6月時点)ものキャンパスに留学ができるようになるんです。世界中のエンジニアと仲間になり、他の国がどのような状況にあるのかを知れる環境は、今後の人生において大きなアドバンテージとなるでしょう。
数多のサポーター企業が「42 Tokyo」に寄せる期待とは
――DMM.comをはじめ、名だたる企業が42 Tokyoをサポートされています。企業側からはどのような期待が寄せられているのでしょうか。佐藤:一番のニーズは、十分な実力を身につけたエンジニアを採用したい、でしょう。ただし、「今すぐ」ではないのがミソです。今やエンジニア人口の少なさは国家レベルの問題。各企業もその現状を理解しているので、目先の採用だけでなく、まずは育成に注力しようと考え、サポートしてくださっています。私たち42はその思いに応え、全力でエンジニアを育てていかなければなりません。
佐藤:その想いは、42のカリキュラムにも現れています。目先の就職だけを考えるならば、企業が「たったいま」求めている言語やフレームワークだけを身につけることに専念するのもいいかもしれません。
しかし、多くのパートナー企業が求めているのは、部分的な課題にしか対応できないエンジニアではなく、技術課題に柔軟に対応できるような『応用の利くエンジニア』。そんな第一線級のエンジニアを輩出できるよう、今後もカリキュラム・環境の整備に注力していきます。
42 Tokyo佐藤さんがSくんに懸ける期待
インタビューの最後には、佐藤さんからSくんに対して「まずは頑張って、ファーストサークルを終わらせましょう。その先に見える世界を楽しみに」と、期待を込めてエールが送られました。
佐藤さんによれば、ファーストサークルを突破すれば「行けない会社はない」くらいにたくさんの選択肢が広がるそう。それだけでなく、アイディアを実現する力が身につくので、起業も視野に入るといいます。これを受けてSくんは、「今のところはなんとか42の生活に慣れてきたところ。今後もとりあえず、走り切ることを目標に頑張りたい」と意気込みを語りました。
早ければ1年後にはファーストサークルを終え、世界に飛び立つエンジニアになる可能性も秘めているSくん。今後どんな活躍を見せてくれるのか、期待は高まるばかりです。
Sくんについて、いろいろと聞かせてください。キッズドアで学びはじめたのは、いつごろですか?