クラブ活動も盛んで、中でも『物理部』は国際的なロボット大会で毎年優秀な成績を納めています。今回は、三田学園のICT教育への取り組みについてレポートします。
伝統ある学び舎に整えられた最新の教育環境
1912年の創立以来、100年以上にわたって『知・徳・体』のバランスのとれた全人教育を行っている三田学園。甲子園球場5個分という緑豊かなキャンパスでは、国の有形文化財にも指定されているイギリス風の木造校舎が今もなお大切に使われており、学園の長い歴史を感じさせてくれます。その三田学園で現在、積極的に進められているのが『ICT教育』です。『ICT(情報通信技術)教育』とは、インターネットやコンピューターなどを活用して、生徒の主体的・協働的な学びや学力の向上に繋げようとするもので、文部科学省や経済産業省などを中心に進められています。
三田学園では早い時期から電子黒板や学内Wi-Fiなどの設備を導入し、全生徒さん一人ひとりが所有するiPadで、学校のどこからでもインターネットにつなぐことができます。
この日、理系志望の高校2年生のクラスで行われていたのは、ICT活用による英語の授業です。地球温暖化から戦争、建築物や動物など、それぞれが興味のあるテーマについて英語でプレゼンテーションを行いました。
感心したことに、みんな単に調べたことをまとめただけではなく、より深くテーマを掘り下げて問題提起を行い、独自の切り口で解釈、問題解決の提案まで行っていました。
発表の下調べはもちろんのこと、スライドの準備まで全てタブレットを活用しており、皆さんIT機器の操作は手慣れたものです。また、どの生徒さんも英語を流ちょうに話すことに驚かされました。
これも普段からネットを利用して、ネイティブの英語に頻繁に触れているからだそうです。
発表の審査はクラス全員で行います。昔ならば、評価やコメントを書いた紙を提出して、先生が集計した結果を次の時間に貼り出して……といったところですが、ICT教育では違います。
発表が終わるごとに、全員がそれぞれのタブレットから即座に感想を書き込み、そのコメントをクラスで一斉に共有します。昨今、大学入試ではもちろんのこと、社会においても表現力を試される機会が増えており、自分の意見を端的、かつ明快に伝える能力はこれから大人になる子どもたちには欠かせません。
案内をして下さった現代国語担当の勝本浩平先生によれば、ICT教育の『C』とはコミュニケーションを指し、三田学園でもIT機器を活用してこのようなコミュニケーション力の育成を行っているそうです。
また、タブレットを使った意見の主張や共有は、ネット世代の子どもたちのネットリテラシーの教育にも役立ち、先生方にとっても、情報を管理しやすいというメリットがあるそうです。
文系理系に関係なく求められるプログラミング知識
つい先日行われた『未来投資会議(議長:安倍晋三首相)』では、2025年を目途に大学受験科目にプログラミングを含む『情報』を加える方針が示されました。三田学園ではどのようなプログラミング教育が行われているのでしょうか? 「現在のところはまだ、教師間で議論している最中です。具体的にどのプログラミング言語を学習するかも含めて、どのような形で取り入れるべきかを話し合っています。
関連省庁からの通達を待っていては後手になってしまいますから、独自で進めていく必要があると感じており、試行錯誤しながらもスピード感をもって対処していくつもりです」と、勝本先生はお話してくれました。
それでは、プログラミングは理系文系など志望学部に関係なく必修になるのでしょうか?
ご自身も文系出身である勝本先生にうかがいました。「私自身も三田学園で学んだのですが、クラブ活動では物理部に所属してコンピューターにもなじんでいました。プログラミングを一から自分で書く必要はありませんが、たとえばスマートフォンのアプリやソフトウェアがどういう仕組みで動いているのかを知ることは、それらを使いこなす上でも大切だと思います。またそのような知識を身につけることは、受験や就職など多くの場面で選択の幅を広げることにつながります」。
物理担当で、物理部顧問でもある増田詩人先生も次のように加えます。「かつては『理系だから英語は必要ない』という風潮もありましたが、現在、英語を使わない理系の分野など存在しません。むしろ英語は理系では必要最低限の知識ではないでしょうか。プログラミングも同じだと思います。プログラミングを学ぶのはプログラマーだけ、という時代は終わりました。たとえ自らは書かなくても、機械の裏で何が行われているかは理解しておく必要があります。プログラミングは文系理系関係なく、これからは誰にでも求められる教養になるでしょう」。
ロボットプログラミングを通した人間教育
プログラミングの授業を導入するに先んじて、増田先生が顧問を務める『物理部』では、以前からプログラミングを使った活動を行っています。物理部は国際的なロボットの大会である『ロボカップジュニア』で、毎年優秀な成績を収めています。「ロボカップは『2050年までに人間のサッカーワールドチャンピオンに勝てるようなロボットチームを作る』という究極目標を掲げ、1997年から始まったロボットの世界大会です。ロボット競技を通して互いに切磋琢磨しながら技術向上することを真の目的として、今では40カ国を超える国々が参加しています。そのジュニアリーグである『ロボカップジュニア』は19歳以下が対象で、技術向上そのものよりも、むしろモノづくりを通した協調性の育成を目的としています」。
もともと運動部の顧問をされていたという増田先生は、物理部を任された当初、その運営に悩まれたそうです。
「運動部と違って物理部は、ともすれば目的が定まらず、漫然と終わりがちです。そんなときにロボカップのことを知って『これだ!』と思いました。最初は生徒の1人がエントリーを希望したことがきっかけでしたが、始めてみるとプログラミングだけでなく、モノ作りの知識や高い思考力が必要であることがわかり、またチームとして協力しながら計画的に進めるなど、多くの側面で優れた教育活動につながることがわかりました」。
ご自身もプログラミングやロボット作りを行う先生は、生徒さんが壁にぶつかったとき、熱意のあまり答えを与えてしまうことも多かったそうです。
「ある時、これでは自主性が育たないと痛感し、教えることを極力やめるようにしました。今の子どもは昔よりも、親や教師に口出しされることに慣れてしまっている気がしますね。でもそれでは成長しません。それ以降は、カリキュラムを組んで自分で段階的に取り組めるようにしました」。
新入部員にまず課されるのが数々のプログラミングやソフトウェアの教科書です。こんなにたくさん習得できるのでしょうか?
「たいへんそうに思えますが、さっと終わってしまう子もいるんですよ。もちろん個人差はありますが、もともとゲーム作りやプログラミングに興味がある生徒が多いですから、途中で挫折する子はいませんね。何より、同じ部屋で毎日先輩たちが活動しているのを横目で見ていますから、これを習得することで何ができるようになるかという明確なビジョンをもって取り組めることが大きいと思います」。
物理部は4つの課に分かれて活動しています。「広報課」はブログの更新や新聞制作の他に、広報用の動画や3D画像の作成、「物理課」は実験を含む学習や発表、「プログラミング課」は様々なプログラミング言語によるソフトウェアの作成、そして「ロボット課」はロボットの制作を行い、大会での活躍を目指します。
昨今はスマートフォンやタブレットが普及していることから、キーボードに慣れていない生徒さんも増えているそうで、新入部員にはタイピングから指導します。
活動は基本的に毎日行っており、自分のペースで学習を進めながら、わからないことは先輩が丁寧に教えてくれるそうです。
必修課題である3次元コンピュータグラフィックソフト『Blender』は、ゲーム、アニメーションの分野はもちろんのこと、CADなどの立体的な製図技術に通じるものです。
習得には高度な空間認知能力を必要としますが、ある高校2年生の生徒さんは、基本的な動かし方を数カ月でマスターしたと話してくれました。
「ソフトの学習は楽しくて、まったく苦になりませんでした。自分の興味のある物を素材にしてCG化したり、想像しながら作品を作ったりしています。将来的には、ここで得た知識を活かすことができればいいなと考えています」。
大切なのは失敗から何を学ぶかということ
2018年、ロボカップジュニアNIPPONリーグのサッカー部門で見事、全国の頂点に輝いた三田学園。優勝チーム『そよかぜ』の山本君と杉森君は、入部してからプログラミングを始めたそうです。先生や先輩のアドバイスを参考にしながら、地区予選を難なく突破。初出場にして、全国優勝という快挙を達成しました。しかし地区予選では、コンパスセンサ(注:方位を知覚するセンサ)がうまく働かなかったために敵味方のゴールが見分けられず、オウンゴールをして負けてしまったという苦い経験もしたそうです。
最もたいへんなことは、大会当日の会場や条件に合わせたロボット調整なのだとか。当日に導線が1本抜けていたためにロボットが止まってしまったこともあり、試合は緊張の連続だそうです。
それでもロボットが思い通りに動いたときの喜びは格別だそうで、今年はロボカップジュニアワールドリーグに出場するべく、新たなロボット作りに励んでいます。
「生徒たちにはいつも言っていますが、大会の成績は問題ではありません。そこに至るまでにどのような経験をしたのかが最も重要なのです。数年前の大会で、思い通りにロボットが動かず、自分の不甲斐なさに涙した子がいました。そこまで悔しいという感情が湧くということは、彼らがそれだけ没頭して努力をしたということの表れです。スポーツの大会ではよくある場面ですが、物理部としては初めてのことで、とても感動しましたね。そんな場面で喜ぶ私を、生徒たちは怪訝な顔をして見ていましたけどね」と、嬉しそうにおっしゃる増田先生。
今後はロボット競技だけではなく、プログラミング競技などの大会にも挑戦して、生徒さんたちが成長するきっかけにしたいそうです。
最後に、これからの取り組みについてお聞きしました。「ロボットプログラミングによって得るものはたくさんあります。物理や数学など学習面に反映されるのはもちろんのことですが、ロボット製作を通して得られる思考力や判断力、さらに大会に出場することで挑戦する姿勢や、最後まで物事を貫く精神力が鍛えられます。今後はこのような取り組みを、学校全体のプログラミング教育にも生かしていきたいと考えています」。
編集部から
「大会の成績はまったく問題ではありません。大切なことは、失敗から何を学ぶか、そしてその経験を次へのチャレンジに繋げられるかです。」とおっしゃる増田先生。学校という限られた空間の中で、生徒さんたちが最大限に成長するためにはどうすればよいかを、常に模索されています。先生のポリシーは「手を出しすぎないこと」。
決して放っておくということではなく、最良の環境を準備した上で、一人ひとりが自分で歩き出すのをじっと見守るということです。ともすると手を貸してしまいがちなモノ作りですが、生徒さんにとっては、上手くいかない場面こそが最大の成長のチャンスだとおっしゃる先生。
プログラミングや電子工作を通じた人間教育に大きな可能性を見出し、自らも創意工夫を重ねて指導にあたる増田先生のような存在こそが、歴史ある三田学園が伝統に固執せず、常に進化できる原動力になっているのだと感じました。
取材協力:三田学園中学校・高等学校
https://www.sandagakuen.ed.jp/