「ロボットって不器用なんです」〜平田オリザ氏による「ロボット演劇講座」〜

「ロボットって不器用なんです」〜平田オリザ氏による「ロボット演劇講座」〜
夏休み中盤の8月5日、六本木ヒルズ 森タワーにて、劇作家・平田オリザ氏指導による「ロボットとのコミュニケーション講座」が開かれました。

六本木ヒルズの運営会社である森ビル株式会社とMIT Media Lab、その他企業が開催する夏休み中盤の2018年8月5日、六本木ヒルズ 森タワーにて、劇作家・平田オリザ氏指導による「ロボットとのコミュニケーション講座」が行われました。

この講座は「MIRAI SUMMER CAMP」ワークショップの一つでもあり、会場は教育に関心の高い親子でいっぱいとなりました。


ベネッセ×阪大×東京藝大が協業する、最先端の学び


「ロボットとのコミュニケーション講座」は、株式会社ベネッセコーポレーションと大阪大学、東京藝術大学が産学連携しながら開発したものです。

小学5・6年生の子ども達がロボットとの対話シナリオを作り、実際に演じることで、プログラミング的思考力を育成することを目的としています。

イベントは、森ビル株式会社の板橋令子氏による「MIRAI SUMMER CAMP」の紹介から始まりました。

「これからの未来を担って行くみなさんだからこそ、世界の最先端、誰もが体験したことがないようなことを体験してもらいたい。そうすることで、ちょっとずつ、明日からの過ごし方が変わったりとか、学校での過ごし方が変わったらいいなと思っています。」


「MIRAI SUMMER CAMP」のキャッチフレーズは、「子どもにこそ、世界の最先端を。」

自身にそっくりなアンドロイド「イシグロイド」の開発で有名な大阪大学・知能ロボット学研究室。長年の教育ノウハウを持ったベネッセ。

そしてコミュニケーションの専門家である平田オリザ氏が共同で開発した本プログラムは、まさにそのキャッチフレーズ通り、最先端の研究なのです。

平田氏のインストラクションで緊張のほぐれる子ども達


板橋氏による説明が終わり、平田オリザ氏の自己紹介がスタートしました。ときおりジョークを交えながらの柔和な語りに、子ども達だけでなく、保護者席からも笑いが起こります。

劇作家・平田オリザ氏と、講座で登場するロボット「commU(コミュー)」

自己紹介が終わると、アイスブレイクのためのアクティビティが始まりました。

「今日はロボットと話をするんですけど、ロボットと話をする前にですね、皆さん同士でまずコミュニケーションを取らなきゃいけないので。ちょっとだけ、ゲームをしましょう」

ゲームの内容は、「動き回って、同じ答えの仲間を集める」こと。例えば、「自分も含めて何人兄弟でしょうか?」というテーマだった場合、一人っ子、二人きょうだい、三人きょうだい……に分かれて集まる、というものです。

同世代とはいえ、参加した子ども達はお互いに初対面。最初の質問では、どうしてもぎこちない雰囲気になります。平田氏は巧みに「探してみよう」「動かないと探せないよ」と声かけをしながら、子ども達の緊張を解いていきます。


「じゃあ、次です。好きな色はなんですか?」

2問目になると、子ども達の様子が少し変わってきました。「青!」「赤!」と自分の好きな色を口に出したり、手を挙げたりすることで、お互いに集まりやすく工夫するようになってきたのです。

「青」「水色」と近い色が集まると、「青系はこっちでまとまろう」と相談する姿もみられました。


そして「何月生まれですか?」の質問では、会場の保護者も参加することに。

大人が混じったことで、子ども達もぐっと盛り上がってきます。同じ誕生月、同じ誕生日の人が2組いると分かったときには、会場から驚きの拍手が起こりました。


アクティビティ最後のテーマは、「条件に合う、ちょうどの人数で座る」でした。

まずは「男の子と女の子、混ざって四人一組になってください」。次は「港区の子を入れて、五人一組になってください」と、徐々に条件はレベルアップしていきます。

このレベルになると、子ども達は活発に発言するように。「男子、こっちに一人きて!」と呼ぶ女子や、「港区の子(こっち)!」と声をかける子の声が聞こえます。

ラスト、「小学校五年生と六年生と男の子と女の子がみんな混ざるようにして、四人か五人で座ってください!」という条件で集まったグループが今日の活動チームとなりました。

ロボットは決まったことしか話せない。自然な会話を考えよう


今回の講座で子ども達が会話するロボットは、大阪大学が開発した「commU(コミュー)」。発話できるだけでなく、首をかしげたり、両手を挙げてバンザイしたりすることで、感情を伝えられます。


平田氏はさっそく、コミュー相手に会話を披露します。

コミュー:こんにちは。
平田氏 :はい、こんにちは。
コミュー:ぼく、コミューです。
平田氏 :僕は平田オリザです。

(中略)

平田氏 :趣味はなんですか?
コミュー:ああ、えーっと、ぼくはロボットだから、趣味とかないんです。
平田氏 :なんだ、そうなのか。
コミュー:ええ、じゃあ、あなたの趣味はなんですか?
平田氏 :僕の趣味はサッカーを見ることです。
コミュー:へえ、すごい。僕は、まだ生で見たことがないんです。

(中略)

平田氏 :じゃあ、今度一緒に行こうか。
コミュー:はい、そうしましょう。


コミューとの会話が一通り終わると、コミュー自身が、自分について紹介します。

「と、このように、僕は人と話せるのですが、本当はそれほど頭の良いロボットではないので、実は同じ話しかできません。でも、みんなが会話の内容を考えてくれれば、違う話にも聞こえますよ。」

つまり、今回の講座では、決まったセリフしか話せないコミューに対して、どのように話しかければ自然なコミュニケーションになるのか考えることになるわけです。

コミューの説明が終わると平田氏は、「別バージョンをやってみますね」と、趣味が「サッカー」のバージョンを披露。加えて、ダメな例も披露します。

コミュー:ぼく、コミューです。
平田氏 :ぼくはえっと……劇作家……をやっている平田オリザ……
コミュー:(平田氏が言い終わらないうちに)はじめまして。


セリフが長すぎると、言い終わる前にコミューが話し始めてしまい、会話になりません。もちろん、前後のセリフとのつながりも重要になります。

「ロボットは同じことしか言えないので、うまく途中の会話を考えてください」。課題が発表され、子ども達は想像を膨らませている様子でした。

「イチゴ好きな人をメロン好きにはできない」


説明の最後、平田氏から重要な注意が発表されます。

「それでね、これが大事。班ごとに話し合いをすると思うんだけど、そのとき、相手を完全に説得するということはできません。だって、何を面白いと思うかは、人によって違うでしょ。」

「イチゴ好きな人をメロン好きな人にはできないし、メロン好きな人をイチゴ好きにすることもできないよね。『イチゴの方が栄養価が高いから、イチゴを好きになった方がいいぞ!』とか、そういうの無駄でしょう?」

「意見がぶつかったら、じゃんけんで決めてもいいです。決めることが大事だからね。そこだけは守ってください。」

コミュニケーションは、論理や根拠だけでは成立しません。相手に合わせてしゃべる内容を考えたり、意見が対立した場合には、全員が納得でき、かつ、誰かを攻撃しないような形で決定しなければいけません。

少しずつ、今回の講座の趣旨が子ども達にも伝わっていきます。

「どうやったら面白くなるか?」議論スタート


コミューのセリフが書かれたワークシートを使いながら、ディスカッションタイムが始まりました。

面白くなるにはどうすればいいか、誰がどのセリフを言うか。アイスブレイクで親しくなった子ども達は、活発に意見を出し合います。




平田氏もグループの間を回り、声かけをしていきます。

「漫才っていうのはさあ、誰かがボケたら、ちゃんとツッコんであげないとダメなんだよ。ボケに対して、誰もツッコんであげなかったら、それはただのアホになっちゃうでしょう。」面白い会話を作ろうと苦戦する子ども達に、劇作家としてのアドバイスが飛びます。

趣味は「強盗」!?予想もつかない秀作が飛び出す


相談タイムが終わると、いよいよお待ちかねの発表タイムです。

同時にセリフを言う班、コミューのセリフにツッコミを入れる班、男子と女子で別々の趣味を言う班……など、それぞれの工夫が光ります。

発表を聞きながら、平田氏も真剣な表情でメモを取ります。


すべての発表が終わると、どの班が良かったか、どのような点がよかったかをお互いに発表。すべての票が集まったのは2班となりました。そのユニークな内容は以下の通りです(※一部を抜粋)。

コミュー:あなたの趣味は何ですか?
子ども :僕たちの趣味は強盗です。
コミュー:へえ、すごい。僕はまだ、生で見たことがないんです。

(会場から笑いが起こる)

コミュー:ええっと、行くときは何を持っていきますか。
子ども :大きいバッグと、
子ども :次は、拳銃。
子ども :次に、ドリル。
コミュー:へえ。すごい。
子ども :あなたにもお金をあげます。
コミュー:はい。
子ども :100万円くらいでいいですか。
コミュー:はい、そうしましょう。
子ども :もし警察が追ってきたら、あなたが捕まってください。

「生で見たことがないんです」「何を持っていきますか」といったセリフを上手に取り入れて会話を成立させるだけでなく、「強盗」をテーマにすることによって見事な演劇を作り上げています。子どもだけでなく、大人からも笑いが止まらなかった見事な作品でした。

劇作家らしい的確なコメント、丁寧な指導


子ども達の発表を、メモを取りながら聞いていた平田氏。

「この班は、最初のパートをみんなで言ってたけど、その声が一番揃ってて良かったよね。」

「せっかく男子と女子で趣味を分けてたから、男子が天体観測をしてて、女子も連れてってねみたいな話にしたら、もっと良かったかもしれないね。それで、女子がコミューと一緒に『へえ!』って言ったりとかすると、もっとお芝居らしくなる。」

「セリフ自体は面白くできてたんだけど、間の調整がうまくできなかったかな。もう一回できたらきっとうまくできたでしょうね。やりたいことが多すぎて、実現できなかったかな。」

劇作家らしく、セリフの内容以外の部分にも的確なコメントが入ります。丁寧な指導に、子ども達は熱心に聞き入っていました。

「それが話し合うってことなんです」コミュニケーションの本質を発見


楽しかった講座は平田氏による、ロボットの特性とコミュニケーションの本質についての話で終わります。


「ロボットってさ、意外と不器用でしょう。でも、今のロボットって大体こんな感じなんです。一つのこと、たとえばお掃除だけに集中することはできるんだけど、それ以外はできなくて。でもさ、こういう人がいると、どうやったらうまくやっていけるかなって考えて、みんなでまとまったりするでしょう。それが面白い。みんなはこれからロボットと暮らして行くわけだから、その練習をしていかなくちゃいけないんですね。」

「たとえば、イチゴとメロンの話をしたけど、3時のおやつどうする?ってお母さんに聞かれたとき、きょうだいで喧嘩してるだけじゃ、どっちも出してもらえないでしょう。イチゴにするかメロンにするか、お母さんが買い物に行く2時半くらいまでには、話し合って結論を出して、報告までしなきゃいけないんです。」

「でもさ、みんな考えてみると、『メロン大嫌い!』とか、『イチゴ食べるくらいなら死んだほうがマシ!』って子は少ないよね。『どっちかっていうとイチゴが好き』って感じで、どっちも出ないんだったら、我慢してメロンでいいよね。」


「それが話し合うってことなんですね。自分の意見が100%通るとか、相手の意見を100%受け入れることのほうが珍しい。でも、そういうことを学べる授業は学校ではあんまりなかったと思います。」

「演劇を作ると、そういうことを学べるんです。これから、中学生になってからでも、演劇に興味を持ってくれたら嬉しいなと思います。」

楽しいイベントを「楽しかった!」だけで終わらせない平田氏。子ども達にとっても、忘れられない夏の思い出となりました。

「思った以上に広がりのあるテーマでした」(株式会社ベネッセコーポレーション)


—本日は楽しいイベントをありがとうございました。さっそくですが、今日のプログラムはどのような協力体制で開発されたのでしょうか。

簡単に来歴を説明すると、もともとは大阪大学の石黒研究室が、アンドロイドに話をさせる研究をしていたんですね。でも、どうしてだかうまくいかない。

そこへ演劇のノウハウを注入したのが平田オリザ先生で、「コミュニケーションは、論理だけではうまくいかないんだ」ということになり、研究が大きく進んだそうなんです。

そうした双方の協力関係があった上で、ベネッセはいわば、生まれた研究成果を普及する立場に立っています。

—今日はロボットの「コミュー」くんと演劇をするプログラムでしたが、どのような教育効果があるとお考えでしょうか。

コミュニケーションの問題、たとえばいじめの防止をするために何かしようとしても、人間の子ども同士だと、相手に合わせてしまいますよね。

でも、ロボットは常識を無視するようなこともしますから、かえって練習台になりえるのかなと思います。

ロボット演劇は、プログラミングという観点から見ても効果的です。今日の演劇を見ていても、セリフという要素を読解して、生かす力が求められていましたよね。

「連れて行ってください」というセリフがあるのだから、どこかへ連れて行ける趣味にしないといけない、とか。すでに決まった要素がある上で、それをどのように生かすか。それはまさにプログラミング的思考かなと思いました。

—なるほど。今日のイベントをご覧になって、どういうご感想を持たれましたか。

思った以上に広がりのあるテーマだなと思いました。今後はオリンピックも控えていますので、たとえば英会話に生かすとか。シニアの方を対象に、ロボットと会話していただくとか。

論理だけでなく、情緒面の育成にも効果的なのかなという気付きが得られました。今後もカリキュラムをブラッシュアップしていきたいと思います。

「碁の布石を打つようにして、ゴールへ近付く。それが演劇です」(平田オリザ氏)


—本日はありがとうございました。平田先生は長年、学校教育の現場でもレクチャーをされているとのことですが、ロボット演劇がプログラミング教育に与える影響について教えていただけますか。

プログラミング教育を学校でやる場合、いきなり入るのではなくて、子どもの興味・関心に合わせてやっていく必要があると思うんですね。ロボットを見せて、これがどう動いてるんだろう?とか。

—子どもの興味を引くアイテムとして、ロボットがあるという。

ただ、やってみると思いのほか、論理的思考力の育成に効果的だなと思ったんです。演劇が面白いのは、ゴールが決まっていて、一つの方向からやっていくのではなくて、碁の布石を打つようにして、周りからいろいろな手段を打つことでゴールへ近付いていけること。

「へえ」ってセリフをどうやったら自然に生かせるか? そういうところなんです。そうやっていろいろ試しながら、最終的に「プログラミングって面白いな」って思ってくれたらいいかなと。

最初から「はい、プログラミングの授業をやりましょう!」とやるのではなくて「何の授業なんだろう?」って思わせるくらいの方がいい。僕はそう思っています。

—ありがとうございました!

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