十数年後、NASAにいるのはキミかもしれない!
「はい、姿勢を正して! 目を合わせてあいさつしましょう!」。体験会の冒頭、先生の大きな声に驚いた様子で背筋を伸ばしたのは、関東を中心にあちこちから集まった小学3年生から6年生の25人です。男の子ばかりかと思いきや、女の子もたくさん来ています。みんなの前には、パソコンと何やら面白そうな2輪ロボットが並んでいます。まずは理科会の代表である北原先生のお話に耳を傾けます。「『理科会』の究極の目的は、キミたちの作ったロボットを宇宙で動かすことです」。これを聞いたお子さんたちは目を白黒させています。後ろの席でお話を聞いている保護者の方々も同様です。北原先生は次のように続けました。「そんなことできるわけないと思っている人がほとんどでしょう。でもちょっと考えてみてください。スマートフォンができたのは、ほんの十数年前のことです。キミたちのお父さん、お母さんが子どもの頃には、こんなモノを使うようになるとは想像さえしなかったでしょう。それが今ではスマホなしの生活など考えられませんよね。キミたちが大人になるのは、ほんの10年先のことです。今はまだ世の中に存在しないもの、考えられないことが、その頃には当たり前になっていたとしても、決しておかしくはないのです」。あぜんとした表情で聞いていた子どもたちの目が、だんだんと輝きだすのがわかります。
『科学は人を幸せにするためのものであって、傷つけるものであってはなりません。科学教育とは、そういうことを考えられる人間を育てるためのものです。』と、強くおっしゃる北原先生。もともと京都大学などで宇宙物理学を教えておられた先生は、文部科学省事業として小中学校での出前授業を行った際に、学校の「理科」の授業では真の研究者は育たないと痛感したそうです。その後、私財を投げうって2003年に理科会を発足、ロボットを通して本当の科学の面白さや魅力を子どもたちに伝える活動を行っています。
まずはNASA(アメリカ航空宇宙局)のビデオを見ながら、火星探査の歴史を振り返りました。火星探査が始まった50年前といえば、まだデータを紙で記録していた時代です。初の火星着陸に成功して、管制室の地上クルーが涙を流しながら抱き合って喜んでいる映像を見ながら、先生は言います。「十数年後、この場所で喜んでいるのはキミたちかもしれないんだよ」。最初は夢物語を聞いているような顔をしていた子どもたちでしたが、目の前の未来に自分の将来を重ね合わせ、身を乗り出して聞き入っていました。「2035年の火星への有人飛行計画に向けて、世界では80を超える機関が動いています。
17年後といえば、まさに今ここにいるキミたちが中心になる世代ですから、なんらかの分野でこの計画に関わっていても全く不思議ではないのです。そのチャンスを掴めるかどうかは、キミたち次第なんですよ」。
本物をぶつけるからこそ、本物が育つ!
「キミたちのお友達の中にも、プロ野球選手になりたいと本気で努力している子がいるでしょう。そういう子は今、オモチャのバットで練習していますか? 本気でピアニストになりたい子は、子どもの頃から本物のピアノで練習しますよね。科学だって同じことです。十数年後、科学者になりたい、ロボット開発をしたいと本気で思うなら、今から本物に触れておくべきでしょう。だから『理科会』ではオモチャやブロックのロボットではなく、本当に工業で使われるセンサーやカメラ、Bluetooth機能を搭載できる機材を使っています。なにも科学者やロボット開発者にならなくても、キミたちは十数年先には何かのプロになっているはずです。どんなプロになるとしても、これからの時代にはコンピューターを使わない職業など考えられないでしょうから、早くから慣れておくほうが好ましいのです」。
理科会の継続教室では、『C-cubic』という、工場などでも使われている拡張性の高いマイコンボードを使ったロボットで学んでいます。基礎課程ではScratch(スクラッチ)のようにコマンドをドラッグ&ドロップする方法でプログラミングを学びますが、少し慣れてきた頃から『C言語』というコードプログラミングを学びます。保護者の方に向けて先生は付け加えます。「今からC言語を始めるなんて早過ぎる、と言う方が多いのですが、韓国やインドなどでは小学校で取り入れているところも多いのです。将来的に子どもたちは、そういう人たちと対等に働かなければならないかもしれないということを、保護者の方にもぜひ知っておいてほしいと思います」。
自分の力でロボットを動かして、宇宙への第一歩を踏み出そう!
先生のお話に触発されて、ロボットを動かしたくてうずうずしている子どもたち。早速、二人一組のチームになって作業に入りました。まずは初めて会うパートナーに向かって自己紹介です。先生がおもむろに言いました。「はい、それではパートナーの名前を言ってみてください」。ここで相手の名前をちゃんと言えない子には、厳しい喝が入ります。その理由を先生は次のように説明しました。「宇宙探査のような極限ではもちろん、スポーツでも仕事でもチームは運命共同体ですから、コミュニケーションは死活問題です。そしてコミュニケーションの基本は挨拶です。科学を通した人間教育とは、こういう基本的な力を養うことなのです」。ここからは『サポーター』と呼ばれる先生方の出番です。『サポーター』を務めるのは、京都大学を中心に東京大学、北海道大学、東北大学など、全国の優秀な大学で工学や教育を学ぶ学生さんたちです。北原先生にとっては、若きサポーターたちの人間教育も大事なライフワークの一つ。専門の工学の知識はもちろんのこと、コミュニケーションの方法や指導方法まで、厳しい訓練を受けたサポーターの皆さんは、献身的に全国の教室で子どもたちの科学教育に取り組んでいます。今日のメインサポーターを務める萩原啓介先生は現在、東京大学で工学を学ぶ4年生。主に関東の教室で教えておられます。
また、この春からサポーターとして活躍する慶応大学の伊賀理心(としみ)先生は、もともと北海道にある理科会の教室ご出身で、ロボットの世界的大会である『ロボカップジュニア』ブラジル大会で優秀な成績を修めた実力をお持ちです。
「見る」と「やる」では大違い! 思い通りに動いたときの感動を忘れずに
最初の課題はロボットを思い通りの位置にストップさせるというもの。一見すると単純ですが、この課題には多くの要素が含まれています。ロボットには一台ごとに個体差がありますし、電池残量も違います。また、左右のモーターにもわずかな「ずれ」がありますから、これらをすべて考えながら調整をしなければなりません。北原先生は言います。「この課題では、ロボットを思い通りに動かすことを学ぶだけではなく、コミュニケーションの方法も学ぶことが狙いです。二人というのは多数決がとれない人数です。お互いの意見を集約しながら課題を解決していくプロセスを、ぜひ経験してほしいと思います」。
子どもたちは何度もトライ&エラーを繰り返し、成功すると手をたたいて喜び合っていました。
保護者にとっても、目からウロコの情報が盛りだくさん
子どもたちがロボットの動かし方を学んでいる間、北原先生は保護者の方々に向けてお話をしました。精力的に国内外の科学教育に取り組んでいる北原先生から、最新の情報を聞くことができるのも理科会体験会の魅力の一つです。世界や日本の科学教育の現状をふまえて、今どんなことを身につけておくべきなのか、ロボットに取り組むことで何ができるようになり、次にどんなことにつながるのかなど、みなさん熱心にお話を聞かれていました。漠然とプログラミングを習っておいたほうがいい、という興味で来られた方も、お話を聞くうちに、子どもたちの置かれている状況が切迫しているものだということを実感されたようです。横浜から来られた方は、日本の科学教育の現状とこれから必要なスキルについて話を聞くことができて、とてもよかったと感想を述べられていました。
継続できる環境が整っているのが理科会の最大の利点
さて、いよいよ体験会も終盤です。赤外線センサーを駆使して赤外線を発するボールに向かって走る課題は、ほとんどのチームがクリア! 無事に修了証書を受け取ってみんなホッとした表情を浮かべていました。最初は緊張していた子どもたちでしたが、体験会が終わる頃には、もっといろんなことにチャレンジしたくてたまらない様子なのが印象的でした。この体験会を通して、自分もNASAやJAXAの一員となって時代のヒーローになるんだという大きな目標を、みんなしっかりと心に刻みこんだようです。
理科会では、ロボットを通した科学教育が一過性の習い事で終わることのないよう、コンテストや国際合宿などの挑戦の舞台を設けています。この夏には韓国やシンガポール、ロシア、台湾など、世界中のトップジュニアを迎えて「第9回グローバルロボット&サイエンスキャンプ」を滋賀県で開催します。詳細は5月中旬にホームページで(http://global-science.or.jp/)告知されますので、ぜひチェックしてみてください。
子どもの理科離れをなくす会 http://e-kagaku.com/
連絡先:science.labo008@gmail.com
国際科学教育協会 http://global-science.or.jp/