(インタビュー)自由民主党政務調査会長 下村博文|個別最適化で育む、未来をたくましく生きる子ども
デジタル教材で学び、プログラミング教育を受ける子ども達が大人になる頃には、社会はどのような姿をしているのでしょうか?
文部科学大臣、教育再生担当大臣などを歴任し、「あしなが育英会」副会長を務めた経験もある自由民主党政務調査会長 下村博文氏にお話を伺いました。

これからの社会で求められる3つの力
—昨年度から、小学校では新学習指導要領が全面実施となりました。大学入試に「情報」が新設されるなど、学びが大きく変わっていくのを感じています。これからの社会で求められる力とは。ベストセラーとなった『サピエンス全史』の著者、ユヴァル・ノア・ハラリ氏をはじめ、多くの科学者が「これまで学校で学んできたことは、20年後にはほとんど通用しなくなる」と指摘しています。
世の中が指数関数的に変化する現代においては、単なる暗記や、受験勉強的な詰め込み教育は役に立たないと。そのように主張しているのです。

1つ目はクリエイティビティ。無から有を生み出す創造力がないと、社会の変化に対応できません。
2つ目はマネジメントスキル。人と人とを調和させる力と言い換えてもよいかもしれません。人間は、たった3人でも集まれば、どこかで意見の対立が生まれます。その中でどう意思決定をするか。この調整力は欠かせないでしょう。
そして3つ目に重視したいのが、ホスピタリティ。相手を思いやる力がなければ、いかなる社会も成り立たないためです。
いずれの力も、ここ20年間に限って言えば、おそらくコンピューターやAIには難しい領域です。今のうちからコンピューターとの役割分担を考え、人間にできることは何か?を意識した教育をしなければ、機械に命じられるまま動くだけの生活が待っているかもしれない。
子ども達にはぜひ、技術を使いこなし、主体的に社会を作り上げていく人間になってほしい。個人的には、そのような思いを持っています。
—そのためには、どのような教育が必要になるでしょうか。
少しだけ話が逸れますが、「Education」という言葉はもともと、「Educere(引き出す)」に由来するそうなんですね。*
あらかじめ用意された答えをただ与えるのではなく、本人の意志や能力、やる気を引き出すサポートをする。それが本来の意味であると言われており、私の教育観にも影響しています。
たとえば、私が文部科学大臣を努めていた頃に、小中学校の「道徳」を「特別の教科 道徳」へ格上げすることを決定しました。これは、社会が新たなステージを迎えるにあたり、従来の道徳の授業では対応しきれないと考えたためです。
これまでの道徳では、先生が教科書を通し、「こう考えるのが正解ですよ」と教え、導けばよかった。けれどもこれからは、立場によって正解が異なることを教えなければならない。
とくに難しいのが「正義」です。ある局面では、子どもの考える正義と、親の考える正義がぶつかるかもしれない。さらに第三者から見ると、両者のどちらも正義ではないかもしれない。「絶対的な正解はない」前提のもと、議論を深めていくというのが、あるべき姿じゃないかと。そのような考えから、道徳の授業の位置付けを変えたのです。
もちろん、これは他の教科にも言え、「主体的・対話的で深い学び」として新学習指導要領に示されています。正解を伝えるのではなく、本人の内にあるものを引き出す。そうした教育が理想ではないかと思います。

「学び」は学校に閉じなくともよい
—私たち「コエテコ」をはじめ、民間スクール/事業者に期待する役割はありますか。本来、教育は、時間・空間ともに「学校内」に限定すべきものではないと考えます。子ども達が生きている、その環境すべてが学びの場になりうると。その中で、学校はとくに、子ども達の好奇心を刺激する場として存在するのではないか。私はこのように考えます。
この立場に立つと、民間スクールも同じく貴重な学びの場であることに変わりはありません。プログラミングに限らず、スポーツでも英語でも数学でも、義務教育だけでは物足りないと感じる子はいるはず。それぞれの得意なことを伸ばせる場として、民間スクールの取り組みが広がっていけばいいなと思います。
—「社会に開かれた教育課程」と共通する考え方ですね。
ええ。GIGAスクール端末もそうで、家庭はもちろん、民間スクールに通う際も、ぜひ活用してほしい。各自治体で、使用ルールに関する議論が進んでいるところかと思いますが、ぜひ学校内に限定せず、幅広い活用を想定していただければと思います。
「好きこそものの上手なれ」を叶える個別最適化学習
—デジタル教材が教育にもたらすメリットは。デジタル教材のメリットは、個別最適化された学びができるところです。これまでの学校では、「中学2年生は、この内容を学びましょう」と均一な教育を行なってきた。しかし実際は、小学校の内容からつまずいてしまい、中学2年生相当の学習について行きづらい子どももいる。逆に、関心が高く、どんどん先へ進めたい子もいるわけです。
デジタル教材なら、こうした進度の違いを許容しつつ、それぞれの子どもに最適な学びを提供できます。先生の役割も、ティーチャーからファシリテーター、コーチとしての役割へ移り変わっていくことでしょう。
個別最適化について、印象に残っている出来事があります。私が文部科学大臣を務めている頃に、あるフリースクールを視察したことがありました。そこは民間NPO団体が運営する、不登校児を受け入れるためのスクールで、子ども達はそれぞれ、違った課題に取り組んでいました。
そこに、ある中学2年生の生徒がいました。取り組んでいる課題を見せてもらうと、高校生レベルの英語だった。「すごいね!」と声をかけたのですが、本人には自覚がなくて。むしろ、「自分はバカだから、普通の学校に行ってもついていけないだろう」と謙遜していたくらいでした。
誰かと競争するのではなく、好きだから続けられる。それが結果的に、高いレベルにつながる。彼との出会いを通じ、個別最適化の強みを感じました。

これまでの教育は、「オールラウンドにできること」を重視しすぎたように思います。しかしこれからは、個別最適な環境を整え、それぞれの強みを伸ばしていくことが大切になるでしょう。この考え方は、芸術やスポーツの世界ではそれなりに浸透しているように思いますが、今後は全ての領域に広がっていくはず。GIGAスクール構想がその一端を担ってくれることを期待します。
—デジタル教材はメリットが大きい一方で、「それならば自宅で学んでいればよいのでは(学校はいらない)」と考える人もいます。これからの社会において、学校の存在意義とは。
個別最適化の時代とは言え、学校はやはり重要な存在です。学校はただ知識を学ぶだけの場ではなく、人間社会を生きる上でのルールやマナーを身につける場でもあるからです。
確かに、学習効率だけで言えば、自宅で集中して取り組むほうが良いのかもしれません。しかし、素晴らしい指導者と出会ったり、友達と関わって刺激を受けたりする体験の価値は、効率の軸だけでは測れません。人は人である以上、一人では生きていけませんから。
—有害コンテンツやゲーム依存など、負の側面への不安もあります。
タブレット端末やインターネットに、危険な側面があることは否定しません。とくに有害コンテンツをはじめ、子どもの成長に悪影響を与える要素は適切にフィルタリングする必要があるでしょう。
しかし、そこで議論を終えるのではなく、どうすれば有効に活用できるかを考えて欲しい。いかなる道具も、重要なのは使いようです。さまざまなデジタルツールを使い、もっと大きな、保護者も知らない世界に飛び込んで行けるのではないかと、プラス思考で捉えていただければと思います。
オールラウンド重視から、オリジナルの武器を持った子どもへ
—新たな時代の学びに向け、保護者に伝えたいことは。保護者のみなさんにおかれては、やはり「オールラウンドにできること」でなく、「それぞれの強みを生かすこと」がこれからの教育には大切なのだと理解していただき、応援していただければと思います。
たとえば、ある子どもの成績が、数学は抜群だけれども、英語はからっきしだったとします。このような結果を見せられると、多くの保護者が「英語もしっかり頑張りなさい」と言いたくなってしまう。そこをなんとか、「得意な数学をどこまでも伸ばしてあげよう」と発想を転換して欲しい。

もちろん、バランスも大切であり、オールラウンドに伸ばしたい方を否定するわけではありません。しかし、受験勉強だけをゴールと考え、苦手をなくすことにばかり注力しては、本来の武器を失うことにつながりかねない。
社会のあり方が変わり「いい企業で終身雇用」という時代ではなくなりました。人生100年時代をたくましく生きていく子ども達には、それぞれの強みを生かせる教育が必要なのです。
—つらい時期を過ごしている子ども達にメッセージを。
コロナ禍においては、寂しい思いをしている子ども達も多いことでしょう。つらいことですが、ここは発想を変えて、「やりたいことを探す期間」と考えてみてください。
自分が興味を持てること、取り組んでいて楽しいことをぜひ探して欲しいのです。必ずしも高尚な趣味でなくてもかまいません。初めのうちは、「たくさんゲームで遊びたい」としか考えられないかもしれない。
けれども、いろいろなことに取り組むうちに、自分だけの得意分野が見つかるかもしれない。つらい時期ですが、一生の武器が見つかるチャンスが得られるかもしれないとプラスに捉えてほしい。保護者にもぜひ、大らかに見守っていただければと思います。

(インタビュアー:夏野かおる 撮影:コエテコ編集部)
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