「天才プログラマー」矢倉大夢さんが語る、プログラマーに必要な力と"天才”と呼ばれるわけ
周囲からよく言われるんです、と優しい笑みを浮かべるのは、「天才プログラマー」としてプログラミング界では名だたる存在の、矢倉大夢(やくら・ひろむ)さん。
取材中のバーチャル背景が気になったライターが、「庭園がお好きなんですか?」と伺うと、「そうなんです。この庭も、美しいなと思って」と一言。小学生の頃から趣味だという、能楽(のうがく)の笛もみせてくれました。
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取材日は、ある平日の朝でした。大学も仕事もほぼオンラインで、好きな時間に起き、マイペースに作業を進めているという矢倉さん。
眠くなればあきらめて昼寝をしたり、大好きな日本庭園を眺めに行ったり。コロナ前は、よくオペラも鑑賞したといいます。
一見のんびりと過ごすようにみえる矢倉さんですが、じつは24歳の大学院生。筑波大学のシステム情報工学研究科 博士課程に在籍しながら、ベンチャー企業のCTOやプログラミング絵本の翻訳、国の特別研究員をつとめる、超多忙な「天才プログラマー」なのです。
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矢倉さんが翻訳した絵本、「こどものためのプログラミング」シリーズ 引用元:保育社
まだこの世にないシステムを生み出す仕事
矢倉さんが現在プログラマーとして携わるのは、大学での自身の研究と、複数のIT企業やベンチャー企業での研究開発が中心。具体的には、「ずっとプログラミングをして、Webシステムやアプリを作っている」といいます。作業内容は、まだ誰もつくったことのないシステムをプログラミングすること。そして、それが効果的かどうかを実験したり、これまで人の勘で行われてきたものをシステム化し、いつでも再現できるようにしたりするのだそう。
矢倉さんいわく、「プログラマーとは、プログラミングを通してコンピュータを自由自在に操る人」。ひとくちにコンピュータといってもさまざまで、自動販売機や車、エアコンやテレビのような身近にある製品も、そのひとつです。
「誰かのやりたいことをプログラミングで達成できたときに、はじめてそれがお仕事になると考えています」
電子工作、農業に能楽。「雑食」だった小学生時代
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矢倉さんは、自身の子ども時代を「雑食だった」と振り返ります。意外なことに、当時は勉強には目もくれず、趣味に熱中していたのだとか。
「そのひとつが電子工作です。大阪に住んでいたのですが、日本橋という電気街でやっている工作教室に参加して、『アマチュア無線』の免許を取ったこともあります」
アマチュア無線とは、個人が趣味として無線交信を楽しむこと。「扱ううえでの法律ルールや仕組みに関する試験に受かると、免許がもらえるんです」
そんな矢倉家の方針は、「好きなようにしていいけれど、自己責任でね」。そのモットーを受け、矢倉さんは、手あたり次第に興味をもったものにチャレンジしたそう。夏休みには、農業や能楽の体験教室にも通ったこともあるそうです。
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※写真はイメージです
おおらかな教育方針のもと、健やかに育った矢倉さんは、小学4年生のとき、ある中学校の文化祭へ出かけました。実は、その中学校こそ、ものづくり系の部活動がさかんなことでも知られる、有名進学校の「灘(なだ)中学校」でした。
数学研究部に化学研究部。これまでに見たこともない、個性的な展示が並んでいる光景に、矢倉さんは強く心を惹かれたと言います。「ここに通いたい……」そう感じた矢倉さんは、5年生からの2年間、はじめて受験勉強に真剣に取り組みます。そして2009年、晴れて灘中に合格したのです。
あまりにもすごいエピソードに、正直なところ、「自分とは遠い世界のようだ」と感じてしまう人もいるでしょう。何を隠そう、ライター自身も驚いてしまいました。それでも矢倉さんがすごいのは、難しい話もゆっくりと分かりやすく、言葉を選びながらお話してくださること。決しておごることなく、丁寧に対応してくださる姿勢からも、矢倉さんの真摯なお人柄が伝わってきました。
パソコン部でプログラミングに出会う
矢倉さんの活躍は続きます。灘中への入学後、数学でも化学でもない、意外な部活と出会ったのです。「文化祭の見学では全然存在に気づかなかったのですが(笑)、部活紹介の冊子を眺めていたら、『パソコン部』があると知りました。気になって見学へ行くと、校舎の隅の“半4階”のような変な場所に、古びた部室があったんです。変わった雰囲気でおもしろいなと感じ、入部しました」
そう、矢倉さんが入ったのはパソコン部。数十人が所属するパソコン部は、「情報オリンピック」への出場を目標にしていました。
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情報オリンピックとは、いまや毎年1,000人以上の中高生が参加する、プログラミング界最大の競技大会です。
情報オリンピックの審査基準は、どれだけ効率的で、優れた条件(アルゴリズム)のプログラムを組めるかどうか。先輩たちがプログラミングに励む様子をみて、矢倉さんも、書籍やWebサイトを参考にソースコードを学び始めます。
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プログラミング=「ソースコード」というコンピュータ向けの言語を打ち込み、「こう動いてください」と指示すること
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「電子工作だと、部品がひとつ足りないだけで作品そのものが作れないこともありますが、プログラミングの世界は違います。コンピュータにできることなら、なんでもできてしまうんですよ。その自由度の高さがおもしろくて、のめり込んでいきました」
中3で100万円以上の開発費!?呼び名は「天才プログラマー」へ
好きが高じて、瞬く間にプログラミングをマスターしていった矢倉さん。そんななか、思いつきで起こした“ある行動”が、「天才」と呼ばれるきっかけになります。矢倉さんは、遠慮がちに話します。「中学3年のとき、国が主催する『未踏(みとう)』という、優秀な技術者を育成するためのプロジェクトに応募したんです。『出して損はないよな』と思い、〆切最終日に思いついたアイディアを提出したら、運よく通ってしまって……」
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未踏の最終報告会でプレゼンする、中学生の矢倉さん 写真提供:矢倉大夢さん
なんとそれは、史上最年少での採択(選出)でした。当時は中学生からの応募が想定されておらず、「お金をいただいてプロジェクトを開発する仕組みだったので、労働問題に触れないよう、どう調整していくか?にまで話が発展した」といいます。
開発費として渡されたのは、なんと120万円。〆切ぎりぎりでひらめいたのは、どのようなアイディアだったのでしょうか?
「情報オリンピックに出場する人のための、練習の場のようなシステムです。それを公開すれば、パソコン部の部員だけではなくて、いわゆる『競技プログラミング』に挑戦する人たちを支援できるのではないかと」
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当時の実際のシステム開発画面 写真提供:矢倉大夢さん
さらに高校へ進学後は、情報オリンピックの日本代表候補に2度も選ばれ、アジア大会で銅メダルを受賞。気づけば「天才プログラマー」と呼ばれ、某所から引く手あまたの存在になったのです。
企業から「年収1,000万円」のオファーも
とはいえ、もっとも気になるのは収入面です。参考までに、有名IT企業のプログラマーの平均年収を挙げると、Googleが1,000~1,200万円(推定)、Facebookは1,100~1,200万円(推定)なのだとか。一方で、日本ではプログラマーの価値が十分に浸透しておらず、300~400万円という民間企業もめずらしくありません。
「純粋に、プログラミングのスキルだけで大きな収入を得るのは、難しい部分もあるとは思います。たとえば、個人でアプリ開発をしてそれを広げて収入を得たり、プログラミングの知識を応用してビジネスを立ち上げる、といった方法も視野に入れると、可能性が広がるかもしれません」
矢倉さんのプログラマーとしての年収は非公開ですが、すでに企業から、年収1,000万円のオファーも来たことがあるそう! ただし現在は、研究をしっかりやりたいという想いから、そうしたフルタイム勤務のオファーは受けていないとのこと。
「先ほど『プログラミングだけでは高収入が得られないかも』というお話をしましたが、この情報化社会においては、『プログラミングができる』こと自体が大きな価値を持ちます。その意義は、必ずしも収入だけではないと思いますね」
スキルの高いプログラマーがもっている力
ここでひとつ、素朴な疑問が沸きました。プログラマーのスキルの差は、どんなところに現れるのでしょう?素人の発想かもしれませんが、ソースコードさえ書ければ、誰がやっても同じでは?![](https://static.coeteco.jp/coeteco/image/upload/c_limit,f_auto,q_auto,w_1400/v1/cs-product/froala/kRSeJYTklkXOVyuZ2gnF2Q.png)
「すごくいい質問ですね。ぼくは、『仕組みをすばやく理解して応用する力』だと考えています。新しいことを学ぶスピードが速かったり、既にあるソースコードを理解して、やりたい動きに合わせてぱっと書き換えることができたり。あとは、既存の技術に関して『これをこう分解したら、〇〇が実現できるのでは?』という発想がすぐに浮かぶ、などです」
なるほど。言い換えれば、「ソースコードを思いつく・応用する」スピードが、スキルにつながるわけですね。
では、その力を、子どものころから身につけるには? とたずねてみると、「オープンマインドにいろいろなものに触れて、それを体得(マスター)する体験をすること」とのこと。確かに矢倉さんは、電子工作や能楽など、幅広いものに触れてこられたご経験がおありでした。
加えて、もうひとつ夢中になったものがあるそうで……
「使わなくなった電化製品を、よく分解して遊んでいました。ビデオデッキやプリンターって、本当によくできていて、面白いんですよ。また、壊れかけのパソコンの部品を交換したら、運よくスペックが上がって動作したこともあります。当時は意識していませんでしたが、この時期に電子機器の物理的な仕組みを学んだことは、今になって大いに役立っています」
プログラミングとYouTubeは別物じゃない
オープンマインドに興味・関心を広げ、今のキャリアにも繋がっている矢倉さん。ただ、正直なところ、すべての子が矢倉さんのように好奇心旺盛かというと、そうではありません。多くの家庭では、「子どもがYouTubeやゲームにしか興味を示さない」と悩んでいるものですが……。そんなふうに相談すると、「たとえば学校のプログラミング教育と、家でYouTubeを観ることがまったく別物だととらえていると、お子さんがプログラミングを好きになるきっかけは限られるでしょう。一方で、じつはそれらが裏で繋がっていて、『プログラミングの〇〇という仕組みがYouTubeのこの動きに繋がっているんだね』という会話が家庭でできると、のちにお子さんがプログラマーになりたいと思ったときに、学習のきっかけになるかもしれません」
「『YouTubeやゲームばかり』と断じるのではなく、プログラミングが普段の生活とどう繋がっているか? を意識して、そこに興味をもつ道をつくってあげるのが重要なんです」と素晴らしいご返答が。
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例:「YouTubeであなたの好きな動画が出てくるのも、プログラミングのおかげなんだね!」
そのためにはまず、保護者自身がプログラミングの概念を学び、理解することが大事だと感じました。たとえば、矢倉さんが翻訳を担当した「こどものためのプログラミング」シリーズには、それが丁寧に書かれています。
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それでも、ライターの疑問は尽きません。昔から「なぜ?どうして?」と考える節があったという矢倉さんですが、なぜ、そんなふうに好奇心旺盛になれたのでしょう?
「どうしてでしょうね。小さな頃については、やはり『親が一緒に考えてくれた』というのが大きいかな。ただ、ある程度の年齢になったら、国語辞典と理科辞典を渡され、『自分で調べなさい』と言われていました(笑)。以来、わからないことは、基本的に自分で調べています」
子どもの好奇心を伸ばすには、まず、保護者がさまざまな仕組みを知ること。わからなくても、一緒に考えてあげること。きっとそれが、将来の「天才」を育むコツなのだろうな、と感じた取材でした。
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好きなものは広辞苑とWikipedia。プログラミングはずっと続けていく
「子どもによい学習環境を与えたい」と考えると、どうしても付きまとうのがお金の問題。ライター自身も、さまざまな情報に触れる中で、「家庭の経済力がなければ、子どもの才能を伸ばせないのかな?」と肩を落とすこともありました。しかし、矢倉さんは中高こそ私立だったものの、道具にはほとんどお金がかかっていないそう。というのも、情報オリンピックは参加費無料で、小学生~高校2年生までなら誰でも参加できるそうです。受賞者も「有名私立校ばかり」というわけではなく、過去の受賞者一覧には、ライターの住まいの近くにある、地方の学校もありました。プログラミングの世界は、誰にでも開かれているのです。
【第21回日本情報オリンピック JOI 2021/2022】
https://www.ioi-jp.org/joi/2021/index.html
矢倉さんは、「今でも広辞苑とWikipediaが好きです」と笑います。
「卒業後も研究は続けたいので、プログラミングとはずっと付き合っていくと思います。プログラミングに興味をもち、プログラマーを目指す子どもが増えてくれたらうれしいな。ぼくたち上の世代も、負けずに勉強し続けないといけません」
大きな夢に向かってまっすぐ突き進む天才プログラマーの姿は、子どもたちの希望の星となるに違いありません。
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