校長を務めるのはNHKのテレビ番組『サイエンスZERO(ゼロ)』などでおなじみのサイエンスライター、竹内薫さんです。
今回は、スクールで行われているユニークなカリキュラムやプログラミング教育について、たっぷりお話をうかがいました。
下働きのプログラマーなら、ならないほうがマシ!?
――サイエンスライターとして、科学の魅力を伝える活動を精力的にされている竹内さんですが、以前プログラマーとして活躍されていたことがあるそうですね。僕はいろんな経歴の持ち主でして(笑)。大学で最初に入ったのは法学部でしたが、その後、科学史を学ぶ学科を経て、最終的に物理学を修めました。カナダでは素粒子や宇宙物理の研究をしたんですよ。
研究にはコンピュータを使っていましたから、帰国後、プログラミングの技術を生かして、広告関係の仕事を10年ほどしました。当時の広告業界では、視聴率予測のプログラムを組める人はまだ珍しく、けっこういい稼ぎになりましたよ(笑)。
その頃は、どの時間帯にCMを入れれば特定の視聴者層に届きやすいかを予測するプログラムなどを作っていました。プログラミングは大好きでしたから、楽しかったですね。
――ご自身の著書『「プログラミングができる子」の育て方』では、「クリエイティブではない、下働きレベルのプログラマーになるくらいであれば、プログラマーにならないほうがよい」と書かれていますね。
僕が働いていた当時も、儲けているプログラマーというのはそれほど多くありませんでした。たいていの人は、たいした儲けにもならない下働きのプログラマーとして働いていました。
では、稼ぐプログラマーと、そうでないプログラマーとの違いは何か? それは『数学』ができるかどうかなんです。プログラミングスキルそのものは重要ではなく、大切なのは数学の知識があるか、そして数学をプログラムで表現できるかなのです。
たとえば、いくら英語が上手でも、話すべき内容がなければ英語はなんの役にも立ちませんよね。プログラミングも同じです。
プログラミングの技術だけあってもダメで、表現すべきものを備えていることが大切です。
これからの時代、人工知能(AI)に使われる側ではなく、AIを開発する側のプログラマーになるためには、AIを理解できるだけの数学の知識は必要です。
稼げるプログラマーになりたいのであれば、数学で出てくる方程式がどんなもので、どのように使えるかを知っていなければいけませんね。
最新刊『「プログラミングができる子」の育て方』には、プログラマー目線のヒントが満載。
プログラミングを学ぶのは早ければ早いほどよい
――竹内さんが校長を務めるYESインターナショナルスクールでは、国語、英語に続く第3の言語として、プログラミングに力を入れておられますね。ここでは幼稚園の年長さんをはじめ、小学校低学年の子でもプログラミングを学んでいます。
これからの時代、学業でも就職でも、プログラミングのスキルがある人のほうが断然に有利です。そして習い始めるのが早ければ早いほど習得も早いです。
このスクールでは、まず『スクラッチジュニア』でプログラミングの世界に触れます。毎回、動画を作ったり、ゲームを作ったりしながら、子どもたちは遊んでいる感覚で上達していきますよ。
自作した“ラズベリーパイ”パソコンでプログラミング。好きな色にカスタマイズできるのも自作ならでは。
当スクールでプログラミング言語を教えている物理学者の田森佳秀先生に言わせれば、1つのプログラミング言語は3時間ほどで習得できるそうです。
もちろんすべてのコードを覚えるという意味ではありません。その言語がどのような特徴があって、どういうことができる言語なのかさえ理解できれば、後はマニュアルを見ながらプログラムを作ればいいわけです。
プログラミングを担当する田森佳秀先生は物理学の研究者でもある。
その言葉通り、子どもたちは最初の数時間でスクラッチジュニアの特性を理解してしまいます。そこからは自分のやりたいことに合わせて、方法を探りながらプログラムしていますよ。
スクラッチジュニアでは物足りなくなってきたら、『スクラッチ』や『Python』に移行します。Pythonを始める条件としてはタイピングができることです。
スマートフォンの普及でタイピングができない若者が増えていると聞きますが、これからの時代、タイピングはプログラミング以前に必要なスキルですね。
――プログラミングの授業は何語で行われるのですか?
当スクールに通うお子さんはほとんどがバイリンガルなので、プログラミングの授業は日本語、または英語のどちらでも行います。
プログラミング言語のほとんどは英語の文法に近い形で作られていますから、子どもたちにとっては英語で習うほうがわかりやすいでしょう。
体を使った授業でプログラミングに必要な身体性を養う
――スクールではその他にも、ユニークな授業がたくさんありますね。特徴的なのは、体を動かす授業として『カポエイラ』を取り入れていることでしょうか。もともとはブラジルに伝わる格闘技ですが、基本的に相手の体を傷つけず、音楽に合わせて踊りのような動きを行います。
カポエイラを学ぶと、いかに自分の体をコントロールすることが難しいかに気づきます。そういう意味では、大人よりも子どものほうが身体性は優れていますね。カポエイラの中で、四つん這いの恰好から、片手片足だけを動かしてブリッジの姿勢に移るという動きがあります。大人ではなかなか難しいのですが、子どもたちはすぐにできるようになります。
カポエイラを通して、思い通りに体を動かす方法を身につける。
――体を思い通りに動かせることがプログラミングにもつながるのですか?
たとえば車の運転では、車体感覚というのがありますよね。車体感覚が優れた人は運転も上手です。
子どもたちはカポエイラを通して、自分の思い通りに体を使えるようになります。よりうまく自分を表現できるように脳が発達するのですね。
プログラミングも自分を表現する方法のひとつですから、表現力に関わる脳を鍛えることで、自分の思い通りにプログラミングできることにつながるんだと思います。
「自分の娘を通わせたい学校がなかったから、スクールを開いたんです。」
――サイエンスライターとしてご活躍されている竹内さんが、どうしてスクールを開くことになったのですか?きっかけは自分の娘の進学です。娘が小学生になるときに、通わせたいと思える学校がどこにも見つかりませんでした。「それなら自分で作ってしまえ」と。
興味を持ったテーマについてネットで調べてレポートする。スクールのお知らせや先生への質問もメールで行う。
――既存の学校のどんなところが不満だったのですか?
一言でいえば「時代遅れ」だということです。現在の教育制度は、明治時代に導入された当時と何ら変わっていません。
30人以上もの子どもたちをたった一人の先生が教え、個々の発達とは無関係に年齢だけで区分するこの教育制度によって、人材の『大量生産』が可能になりました。
均一な学力を持った、均一な人間が効率よく作りだされるようになったのです。
第3次産業革命で日本が優位に立てたのは、この教育制度のたまものでした。でもそれは過去の話です。
ひとたび世界に目を向ければ、日本の教育制度がいかに古いものかがわかります。AIなどの第4次産業革命では、日本は他の先進国に大きく溝を開けられています。
いまや均一な学力を持った、均一な人間の集団を作り出す教育では通用しなくなっているのです。
数学を教える竹内さん。個人に合わせたきめ細やかな授業がスクールの魅力。
現代はアップル社のスティーブ・ジョブスや、マイクロソフト社のビル・ゲイツなど、突出した人、優れたアイデアを持った人が、いきなりすごいものを作って世界を変えるような時代です。
これからの日本を支えるのは、学校におさまりきらないような能力を備えた人ではないかと思います。
プログラミング教育の必修化は失敗する!?
――2020年から始まる小学校でのプログラミング教育の必修化について、どうお考えですか?このままでは失敗に終わるのではないかと危惧しています。
必修化となるのは「プログラミング教育」ですよね。でも、どうせやるのであれば「プログラミング教育」ではなくて、「プログラミング」を教えればよいわけです。
それができないのは、指導する先生たちにプログラミングの知識がないからです。
文部科学省は、「プログラミング教育で、プログラミングの思考を教える」としています。でも、そもそもプログラミングの知識のない先生方が、プログラミングの考え方を教えることなんてできるでしょうか?
「英語」で言い換えるとすれば、英語ができない人には、英語という言語の考え方を教えることができないのと同じでしょう。英語を話すことなく、たとえばイギリス人の発想法だけを習うことに、はたして意味があるでしょうか?
プログラミングも同じです。コンピュータが好きで、プログラミングについて情熱をもって語るぐらいの人でないと、子どもたちは楽しんで学ぶことができないでしょう。
解決策として、現役時代にプログラマーとして働いていた人たちに、学校で教えてもらえばいいと思います。そういう方たちは数学もできるわけですから、優秀な人材をどんどん活用するべきでしょう。今から小学校の先生方にプログラミングを習得してもらうよりは、よほど現実的だと思いますよ。
子どもたちはプログラミングの授業が大好き。一番好きな科目だと言う子も。
――お父さんやお母さんにできることがあるとすれば、どんなことでしょうか?
子どもさんの教育を学校に丸投げにしないことですね。学校の様子をご覧になるのは参観日だけで、普段どんな教育がどのように行われているかを把握していないという親御さんも多くおられます。
しかし、子どもの学習は学校や先生の質に大きく依存しますから、ご自分の目で確かめもせずに学校教育を鵜呑みにするのは好ましくないでしょう。
親御さんには積極的に学校に関わっていただき、普段行われている授業がどれだけ創造的で先進的なものか、個々の子どもたちに合わせた教育を行っているのか、またグローバルレベルのモノなのかをチェックするようにしてほしいですね。
ひとりひとりの進度を確かめながら進める国語の授業。
――そういった姿勢は学校だけでなく、塾やプログラミング教室を選ぶ際にも重要ですね。
親御さんがプログラミングのことをまったくご存知なかったとしても、授業を見学すれば先生が情熱をもって教えているかどうかはわかりますよね。子どもたちが楽しそうにやっているかもチェックポイントですね。
その次のポイントとしては、先生が表面的に教えているのではなく、ちゃんとした数学の知識をもって長期的な展望で教えているかどうかです。先生のご経歴を出しているところなどは、あらかじめわかりますから安心ですね。
――最後に、幼稚園児、小中学生のお子さんをお持ちの保護者の方々にメッセージをお願いします。
お子さんにプログラミングを習得させたいなら、民間の教室などを活用して「プロ」のプログラマーに習わせてください。算数だって、数学者やエンジニアに習うほうが楽しいのは、そういう人たちが数学の本質を理解しているからです。
既存の学校では学習指導要領に沿って一斉に同じことを習うから、楽しくない子どもも出てくるわけです。個々の能力や興味に合わせて「今日はこうやって解いてみよう、ここがおもしろいから次はもっと深く考えてみよう」、そういう生きた授業を受ければ、子どもたちだって数学が大好きになるはずです。
これからの社会で生き残るのは変化に強い人材です。そういう意味で、もっとも好ましくないのは詰込み型のいわゆる「ガリ勉」です。塾で言われるがままに解答法だけを暗記して、受験ではいい点数がとれたとしても、社会では通用しません。
本来、勉強の仕方は自分で見つけるものです。だって一歩社会に出たら誰も答えや解決法を与えてはくれないのです。
仕事をどう進めればよいか、人間関係をどう築いたらよいか、自分自身で答えを見つけなくてはいけません。教育の目的は技術や知識そのものを学ぶことではなく、環境の変化に対応できる力をつけることです。
親御さんたちにはぜひ、そういう視点で学校や塾選びをしてほしいですね。
まとめ(編集部から)
ご自分のお子さんを通わせたい学校がなかったから、自らスクールを開いたという竹内さん。1人の先生が教えるのは最大8人までという少人数制のスタイルで、ひとりひとりの子どもの能力に合わせたきめ細やかな指導をされています。
その成果は子どもたちの様子からもうかがうことができ、どの子も積極的に学習に取り組んでいます。
このような特色ある指導を求めて、インターネットで遠隔授業を受けるお子さんもおられるそうです。YESインターナショナルスクールではサマースクールやウィンタースクールも開講されるそうですから、ご興味のある方はぜひホームページをチェックしてみてください。
竹内先生、YESインターナショナルスクールの皆さん、どうもありがとうございました!
取材協力
YESインターナショナルスクール