“教育のノーベル賞”とも呼ばれ、教育に偉大な貢献をした先生が世界中から選ばれます。
そんなグローバル・ティーチャー賞で、日本人初のトップ10に選ばれたのが工学院大学附属中学・高等学校の高橋一也教諭。
アメリカでインストラクショナル・デザインを、ユトレヒト(オランダ)で認知心理学を学ばれた高橋先生は、日本の教育イノベーションをどう捉えているのでしょうか?
ロングインタビューで語っていただきました。
30代半ばにして工学院中・高の教頭を務めており、昨年はオランダ・ユトレヒト大学大学院で認知心理学を研究。教育理論の知見に基づき、PBL(Project-Based Learning、問題解決学習)やアクティブ・ラーニングなど新たな授業スタイルを実践し続けている。
トップ10に選ばれるも……「ほっといてほしい」のワケ
—さっそくですが、高橋先生は日本人で初めて「Global Teacher Prize(グローバル・ティーチャー賞)」のトップ10に選出されたそうですね。“教育のノーベル賞”とも呼ばれる賞ですが、一体どのような仕組みで選出されるのでしょうか。
「グローバル・ティーチャー賞」には、世界各国から自薦・他薦で数千人が応募します。そこからトップ50が選ばれ、より詳しい審査を通して最終受賞者が選出されます。
審査は「The Judging Academy(審査アカデミー)」によって行われます。アカデミーの成員は世界各国の文科大臣やジャーナリスト、大手企業の社長など様々です。
(審査アカデミーのメンバー一覧ページ)
審査基準は、教育に関してどれだけイノベーティブなことをし、インパクトを与えたか。
たとえば、2019年の「グローバル・ティーチャー賞」を受賞したピーター・タビチ氏(ケニア)は月収の8割を寄付して村の教育環境を整えました。受賞後はホワイトハウスでトランプ大統領と対談するなど、より影響力を増しています。
—「教育のノーベル賞」という言葉がぴったりの賞ですね。
高橋先生ご自身はインドネシアに生徒を送って社会起業家を育てるなどグローバルな活動でも有名ですが、トップ10に選ばれた気持ちはどうでしたか。
うーん、うれしかったけど、正直に言えば、ほっといてほしい(笑)。
—えっ!(笑)それはどういう……
有名になることで「工学院中学・高校=高橋一也」になるのがイヤだったんです。
日本の教育業界はスター的な先生を重視するでしょう。特定の地域、特定の学校、特定の先生が引っ張っていく構図ですが、そのスター先生がいなくなった後には学校が閑散としてしまいます。
そうではなくて、ごく普通の、現場にいる先生みんなに輝いて欲しいんです。現場の先生がアップデートしなければ、学校全体が変わっていきませんから。
知識はインプット/アウトプットの両輪で身につく
—先生はPBL(Project-Based Learning)やアクティブ・ラーニングなど、生徒主体の授業に力を入れておられますね。一方で、「すべての授業をこんなふうにやっていたら、時間が足りないんじゃないか」と疑問を持つ人もいます。高橋先生はどう考えますか。
確かに、レクチャー型の授業に比べてインプットの時間は減りますから、内容の取捨選択は必要でしょう。
ですが、知識は現場で活用するのが大切です。
認知心理学に「生きた知識」「死んだ知識」という用語があります。「生きた知識」とはすでに体の一部となり、問題解決に使える知識。「死んだ知識」はその逆で、使われることのない知識です。
日本の教育は、知識のレクチャーは一生懸命するんだけど、インプットばかりでアウトプットをしない。企業研修でもそうでしょう。分厚いマニュアルを覚えてもまったく使わない知識がたくさんある。
アウトプットがなければせっかく覚えても「死んだ知識」になってしまいます。「生きた知識」にはアウトプットが不可欠なんです。
サッカーの練習をイメージすると分かりやすいですね。パス練習はもちろん大切だけれど、そればかりやっていてもうまくならない。
練習して、試合をして、「このあたりの基礎が足りていないな」と自覚し、また練習する。その繰り返しでうまくなっていく。同じことが普段の授業にも言えると思います。
—同じくアクティブ・ラーニングへの不安として「活発な子ばかりが目立つ」という声があります。
内気な子、一人が好きな子はどうなるのでしょうか。
アクティブ・ラーニングと聞くとみんながワーッとなっているイメージがありますが、本来は一人一人がどう学ぶかの話です。
リーダーシップを取りたい子は取ればいいし、サポートに回りたい子がいてもいい。
もっと言うと、人と関わりたくない子は一人で進めてもいいんです。グループワークを強制されるなら、"一人でやります宣言" する選択肢を取っていいぐらいです。
—最近はN高が登場するなど、「学校」のイメージが大きく変わってきましたね。
株式会社ドワンゴ代表取締役社長 夏野剛 | 「日本史よりプログラミング」の真意とは
プログラミング教育の必修化を前にスクールの数が増えてきたものの、学習効果がわかりにくいと感じる保護者も多いのでは。今回は株式会社ドワンゴ代表取締役社長・夏野剛氏にインタビューし、ドワンゴのプログラミングスクール『Nepps』のビジョンを語っていただきました。
この記事をcoeteco.jp で読む >いまの学校のあり方も、かつては必要だったのでしょう。それがだんだんと現代のニーズに合わなくなり、学校の定義やコンセプトが変わってきているんだと思います。
今はちょうど過渡期。不安な声が出るのは、生徒のスピードに先生も保護者も追いつけていないのかも知れませんね。
トップがいなくても回る職場づくりを
—高橋先生は現在、教頭を務めておられるそうですが、どのようなお仕事なのでしょうか。僕は主に、学校全体の学習環境デザインと外部資金の獲得を担っています。
教頭とはいっても、去年は育休も兼ねて1年間オランダにいました(笑)。
—海外に!その間、学校の業務はどうされていたのですか?
会議はTeamsとOnenoteで行いましたが、そもそも”自分がいなくても学校が回る状態”でなければ学校改革とは呼べないんですよ。
—納得感があります。現場の先生をメインに据えることが重要なのですね。
僕は職員室の雰囲気づくりにも力を入れています。
ジュースやお菓子を用意して先生同士のコミュニケーションが生まれやすくしたり、机の上には何も置かず、相手の目を見られるようにしたり。
相手の目が見えると作業効率がグンと上がるんです。実験もして確かめたので、これは明らかなんですよ。
「ナッジ」から分かる、環境がおよぼす影響
—環境デザインの話が出ましたが、生徒の学習環境に関してはどのようなことをされたのですか。たとえば、廊下を一面ホワイトボードにしたり、授業で扱った内容を貼り出したり。
こうすると、他の先生も授業内容を把握できるので「〇〇の授業でやったように……」と内容を連携しやすくなるでしょう。
クロスファンクションに知識が活きてきて、授業が横断的になります。
あとは、廊下にレゴを触れるスペースを作って教室に入りにくい子が勉強できるようにしたり、3DプリンターやAdobeのソフトが使えるメイクルームを作ったりもしました。
図書館の椅子の脚が足りなかったときには、生徒達が勝手に3DCADで作っていましたよ(笑)。
—学校の中に学ぶ場所がたくさんあるイメージですね。環境の影響はやはり大きいのでしょうか。
行動経済学に「ナッジ(nudge)」という理論があります。これは、人間が望ましい行動をするよう無意識のうちにコントロールする方法です。
たとえば、コンビニの床を見ると矢印が書いてありますよね?
すると、お客さんは並ばざるを得なくなる。矢印のないところに立っていたらちょっとヘンだなとなるんです。
ナッジの例からも分かるように、人間は環境から大きな影響を受けます。生徒の学習環境を整えてあげるのは管理者の役目。だから僕は環境デザインに力を入れるんです。
周りをバカにしていたら改革は進まない
—施設や設備面の話になると「お金がなくてできない……」という声もありますが、資金面の問題はなかったのですか。いえいえ。レゴブロックを使った授業は2012年ごろからやっているのですが、当時は実績もなかったので、保護者全員に手紙を書いてブロックを寄付してもらいました。
その後、授業内容をレポートにしていろいろな場所に送り、50万円、200万円と資金を集めたんです。
200万円分のブロックを買ったときは、ビックリマンチョコを1箱まるごと”大人買い”したときのような気持ちでした(笑)。
—思ったよりも堅実な方法で進められたのですね!
イノベーションって魔法みたいにキラキラキラ〜ってできるイメージがあるけど、本当はけっこう泥臭い。
だから仲間づくりが大切なんです。周りが「この人と一緒に働きたい」って思ってくれなきゃ何もできません。
周りの奴らがダメだとか、「何でお前ら分かんねえんだよ」みたいな態度だと誰もついてこないんです。
全員ハーバードに右ならえ、「ネオ一斉授業」の恐怖
—この連載のテーマはEdvation(教育イノベーション)ですが、日本のイノベーションについて感じることはありますか。みんなが同じ考え方をすることに危機感を覚えています。
たとえば、ハーバードのあるやり方が良いとなったら全員が始める。本当に正しいのかどうか確かめようともしません。
ハーバードのやり方と言っても、ごく限られた研究論文に基づいている場合もあります。生徒には「疑う力をつけよう」と指導するのに、自分自身ができていない教員が多くいると思うんです。
単一のやり方だけが広まるのであれば、それは教育改革ではなく「ネオ一斉授業」が始まるだけ。そんな未来に強い危機を感じます。
—この取材中も、実験や分析の重要性を強調されていましたね。新たな学びに向けて、先生・生徒・保護者みんなが考える力を問われているのかも知れませんね。
学校はもっと「外」とつながろう
—では最後に、高橋先生の理想とする学校のあり方を教えてください。学校はもっともっと外部とつながるべきです。
「生徒主体」とは言うけど、実際は生徒を学校に囲い込む先生も多いでしょう。「この柵から出ちゃダメ」とガチガチに固めて、いきなり社会に出す。これって良くないですよね。
とはいっても、はじめから囲いも枠組みもなしで「自由にやれ!」としてしまうと生徒は戸惑うから、そこを先生が導いてあげる。
少しずつ少しずつ柵を広げて、最終的には囲いのない世界(=社会)へ送り出す。そういう意識が大切だと思うんです。
EdTechは学校の中と外を繋げるためのツールです。先生はプロデューサーになって、必要なタイミングで子ども達を外の世界とつなげてあげればいい。
これからは生徒たちだけでなく、先生自身もアクティブになっていきたいですね。
—ありがとうございました。
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