官民協働とは、行政と企業・団体等が協力し、地域課題の解決などを目指して事業を進めることです。よって事業資金は国費ではなく、企業・団体や個人からの寄附金をもとに運営しています。
今回は、これまでに約1万人以上の留学生を世界へ送り届けてきた、文部科学省 トビタテ!留学JAPAN プロジェクトディレクターの荒畦 悟(あらうね さとる)氏に、プログラムの内容や対象となる若者への思いについてお聞きしました。
トビタテ!留学JAPANの事業内容
――プログラムの内容について教えてください。「トビタテ!留学JAPAN」(以下、トビタテ)は3つの事業から成り立っています。1つ目が留学する人を増やす環境を作る「留学プラットホーム」、2つ目が留学に行く人を独自の奨学金などで支援する「新・日本代表プログラム」、そして3つ目が帰国した人と社会をつなぎ価値創造を目指す「価値イノベーション人材ネットワーク」です。この3つの事業のなかでも「新・日本代表プログラム」が、トビタテのフラッグシップとなるプログラムです。
トビタテの特色は、文部科学省のほか産業界とも協力し、企業・団体、個人からの寄附金で留学生の支援を行っている点にあります。海外進出をする企業が増えるなか、企業からは「海外でも活躍できる人材を確保したい」という声がますます高まっています。その事情を反映し、官民協働の体制が生まれたのです。国費ではなく寄附金を使用することで、比較的自由度が高い、人材育成プログラムを作ることが出来ました。
気になるプログラムの内容は、留学生自身で留学計画を作成したり、帰国後にコミュニティをつくったりと自発的な取り組みを促進するものです。限られている留学期間を有意義に過ごすための事前研修や、留学後に経験を棚卸し、将来を考える事後研修を実施しているのも特徴的ですね。
トビタテが発足した2013年以来、留学者数は順調に伸びてきました。当時の留学生数は高校生が約4万人で大学生が約7万人。その後、2018年には、約11万5000人もの大学生が海外へと羽ばたきました。ただ、昨今の新型コロナウイルスの影響や、近年の円安、物価高の打撃を受け、海外へ飛び立つ学生の数は一時的に減少しているため、今が踏ん張りどきです。
――留学前後の研修が手厚いというお話がありましたが、具体的にはどんな研修を行うのでしょうか?
留学前の事前研修ですと、まず4~5人のグループのなかでお互いの留学計画を共有し、ブラッシュアップしていきます。グループで留学計画を共有する意図として、ほかの学生たちの計画を聞いて新しいアイデアがひらめくこともあるので、最高の計画になるまでアウトプットをしていくのが目的です。
加えて、コミュニティ内での繋がりを強化しているのもプログラムの特徴です。自分がどんな人生を歩んできたのか、これまでに気分が落ち込んだときには何があったのかなど、お互いに本音と本気で仲間と向き合う機会を設け、みんなで共有していきます。
なぜここまで繋がりにこだわるかと言うと、学生たちがお互いの人生の歩みを共有することで、本音で話せる仲間をつくってほしい思いがあります。事前に何でも話せる人間関係を築いておけば、留学中も助け合えますし、帰国後もご縁が続きますよね。
帰国後は留学中のよかった経験のほか、失敗した経験についても話しています。あえて失敗談も共有する理由は、自分では失敗したと思っていたことが、実は「ナイスチャレンジだったかもしれない」と新たな視点に気付く可能性があるからです。こうした新しい価値観との出会いや、何でも共有しフィードバックがもらえる環境は、学生にとってとても貴重だと思っていますね。
また、世界を見た若者だからこそ、日本での就活や日本の当たり前とされる生き方に葛藤を覚える人も少なくありません。そんな若者の視野を広げるために、事後研修では多様な生き様の有識者やネットワークを持たれている方々に、自分の夢の実現方法を相談できる時間も設けて背中を押しています。
「新・日本代表プログラム」が始動
――2022年まで実施されていた「日本代表プログラム」と、2023年からスタートした「新・日本代表プログラム」の違いを教えてください。2014年から2022年まで続いた「日本代表プログラム」(第1ステージ)では、大学生等コースと高校生等コース、地域人材コースの3軸で事業を進めていて、トビタテ生の中心は主に大学生となっていました。
一方で2023年からスタートした「新・日本代表プログラム」(第2ステージ)では、高校生支援の比率を高くし、大学生を対象に3コース250名、高校生を対象に4コース700名を募集すると共に、地域の高校生の留学を促進する拠点形成支援事業を展開しています。目的はいずれも、世界で活躍できるグローバル人材の育成です。
――高校生に焦点をあてた理由は何でしょうか?
比較的時間に自由度が高い大学生に対して、今の高校生は部活と受験勉強の両立で忙しい方が多いです。さらに、未成年の彼らはまだ大人の管理下にあるので、本人が「留学に行きたい」と思っても両親や学校の先生を説得しきれないで、諦めてしますケースもあります。
さらに、高校生の親世代や学校の先生のなかには、留学を積極的に推奨するほどの情報をもっていない方もいますので、高校生で留学したロールモデルを提示することが大事なポイントになります。こうした経験を踏まえ、現在始動中の「新・日本代表プログラム」では新たな留学のロールモデルを社会に提示し、日本全体での留学システムのアップデートを図っていきたいと考えています。
(「トビタテ!」の公式サイトでは、2000人以上の留学体験から学べる「留学大図鑑」を公開中。先輩の留学計画や、留学にまつわるさまざまなお悩みへの回答、過去のトビタテ生の体験談など、参考になる情報が多数発信されている。)
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――高校生の留学は留年や現地での危険性がないか心配になりますが、安心して留学ができる環境なのでしょうか?
トビタテでは、約7割の高校生が夏休みを利用して、2週間から1ヶ月程度の留学に申し込む場合が多いです。高校生で一度留学を経験すれば、大学進学後もまた留学できますし、より視野が広がるのではと考えています。また、現地で危険な目にあわないよう、事前研修では先輩達のヒヤリハット事例などを伝えていますので安心していただきたいです。
――そんな高校生コースのプログラムは、どんな内容なのでしょうか?
高校生コースのプログラムは、「マイ好奇心探究コース」「社会課題探究コース」「STEAM探究コース」「スポーツ・芸術探究コース」「地域探究コース」の5つがあります。これらのコースは高等学校の必修科目である探究学習をテーマにつくられたもので、日々取り組んでいる探究学習の調べ先を海外に転換し、好奇心の向く先を世界にも広げてもらいたいと考えています。留学は英語学習の延長として捉えられることが多いですが、トビタテでは、海外での探究学習を第一とし、その手段として語学を活用するというイメージで設計しています。
トビタテ生は、教育やメンタルヘルス問題、アフリカでの野生動物生態の調査、ロボット研究など多種多様な探究活動に取り組んでいます。探究活動と留学を掛け合わせることで視野が広がり、価値観を広げることができていると確信しています。
――大学生コースの内容も教えてください。
大学生向けのコースでは、「イノベーターコース」「STEAMコース」「ダイバーシティーコース」があります。留学は人文系の学生が多い印象ですが、トビタテでは理工系の学生も参加しており、農業や医療、ナノテクノロジー、再生可能エネルギーなど、様々な領域の理工系の学生も積極的に留学しています。ただ語学を学びに行くだけではなく、さらに専門の分野を深化させたり多様化させるのが狙いです。
なかでも「イノベーターコース」は、海外でも活躍できるイノベーターや起業家になりたい人向けのコース。「トビタテ!留学JAPAN」からはこれまでに400名以上の起業家を輩出されており、スタートアップ起業家はもちろん、社会起業家になっているトビタテ生も多いですね。
学生たちは、日本から海外に飛び立ち、はじめて日本の当たり前が世界の当たり前ではないことに気が付きます。また、現地で自分が少数派の人間になることでしか見えない世界を経験し、同じく少数派の人々をサポートしたいと考える学生もいれば、日本の独自性を活かした活動に携わるなど幅広いジャンルで活躍しています。
留学生の倍増に向け役割を果たす
――トビタテが目指すビジョンを教えてください。国の目標では、2033年までに留学生を50万人へとコロナ禍前のおよそ22万人から倍増以上に増加させることを掲げています。私たちも留学生を増やせるように、その牽引役として役割を果たしていきたいです。産業界との協力が必要不可欠な事業なので、引き続き支援を得られるよう、充実したプログラムの構築に取り組んでまいります。
――どんな若者にプログラムを利用してほしいですか?
トビタテの募集ポスターには、「成績・語学力不問」と明記しています。語学ができないと応募すらできないと思っている人も多いですが、そんなことはないんです。トビタテの評価軸は「情熱」「好奇心」「独自性」のみ。「語学ができない」「経済的に厳しい」「地方在住だから」といった理由で留学そのものを諦めてしまわず、留学にかける情熱や好奇心、そして個性をたくさんアピールしていただきたいですね。
加えて、高校生に関しては、全国のすべての地域にロールモデルを輩出する目的で、「拠点形成支援事業」もスタートしました。採択地域は福島県・石川県・静岡県・滋賀県・高知県の5県で、この事業においてはチームでの応募も可能となっています。個人応募ではなかなか行動に移せない生徒もいるなかで、チームでの活動を支援することで、新たな化学反応が起こることを期待しています。
出典:トビタテ!留学JAPAN公式サイト「データでみる日本の留学」より
――これから応募される方へメッセージをお願いします。
応募するにあたって何もリスクはありません。プロジェクトの性格上、どうしても「採否」は決まってしまいますが、応募書類を書くこと自体が、自らと向き合う貴重な機会となるでしょう。過去には、親戚の家にも1人で行ったことがない高校生が、自分で留学計画を立てて1人で海外に行った事例もあります。生徒の大きな成長ぶりに驚かれる保護者もたくさんおられます。なりたい将来像や探究のテーマ、世界について考えるチャンスですので、ぜひ前向きに取り組んでみてください。
応募の過程では、自分の留学計画や夢を多くの人に説明し、フィードバックをもらうことを推奨しています。仮に不合格になったとしても、その夢を叶えるためのサポーターとのご縁に繋がるかもしれません。繰り返しになりますが、応募するプロセスだけでも自己成長が促されるので、ぜひ挑戦して自分の可能性を広げてください。1人でも多くの若者のご応募お待ちしています。