この夏、火星が地球に大接近しましたね! 赤く光り輝く大きな星を、お子さんと一緒にご覧になられた方もおられることでしょう。
火星は約15年の周期で地球に接近します。わたしが『子どもの理科離れをなくす会(以下『JAFS(ジャフス):Junior Association of Future Scientists』)を立ち上げたのは、ちょうど前回、火星が大接近した年のことでした。その火星が「もう、一回りしてきたんだなあ」と、ひときわ感慨深く夏の夜空を眺めました。
あれから多くの方々のご支援によって大きく成長した『JAFS』ですが、発足当初は「プログラミングなんて試験に出ないことを教えて、なんになるの?」「ゲームばかりするようになるだけでは?」などと言われたものです。
現在そのようなことをいう人は誰もいないでしょう。時代に応じた教育を用意するのは、私たち大人の役割だとあらためて感じます。
グローバル化する世界で生きる力を養う国際合宿
技術の発展によって、15年前よりも地球が狭くなっていることは言うまでもありません。グローバル化する世界に対応する力を養うために、JAFSでは毎年、国際合宿を催しています。今年は台湾、シンガポール、韓国、ベトナム、そして日本の子どもたちを合わせた総勢89名が集まりました。
合宿3日目には滋賀県大津市にあるロイヤルオークホテルで、『スペースロボットコンテスト』を開催しました。今回は9人ごと10のチームに分かれ4種類の競技に挑み、チームとしての総得点を競い合いました。
チームごとに、リーダーをのぞく8名が2人1組ずつになって計4組を作り、それぞれが異なる競技に挑戦しました。
2人1組のパートナーは必ず異なる国の子どもになるようにしてあり、必然的にコミュニケーションは英語で行わなければなりません。
ドローン競技は、ドローンに付けたカメラの画像を手元のモニターで見ながら、パートナーの誘導に従って操縦を行い、青いシートの向こう側にある物を撮影するというものです。コミュニケーション力はもちろんのこと、パートナーとの信頼関係が何よりも重要になる競技です。
上級者は各チームのリーダーとして、リアルな状況でのロボット制御に挑戦しました。
宇宙はもちろんのこと、災害や工事現場で実際に働くロボットは、紫外線やホコリ、風や水など、ありとあらゆる状況に対応しなければなりません。ロボットのプロを目指す彼らは、このような競技を通して実践力を養います。
プレゼンテーションで原稿を読んでいませんか?
わたしは『プレゼンテーション』をとても大切に考えています。大学入試や面接など、プレゼンテーションする機会は昔よりも格段に増えており、今の子どもたちには自分の考えを明確に伝えるスキルが欠かせません。そのためJAFSでは、ロボットの技術だけあってもプレゼンテーション力が低ければ優勝できないルールになっています。今回の大会でのプレゼンテーション課題は、各テーマに沿って、短い準備期間で調べたことをまとめて英語で発表するというものでした。
決勝に残った3組の中に、シンガポールとベトナムからなる男子ペアがいました。シンガポールでは英語が公用語ということもあり、たいへん流ちょうな英語でスピーチを行いました。
しかし、彼のプレゼンテーションには何かが欠けていました。たった数分の間に多くのことを早口で詰め込みすぎてしまい、聴衆が理解する隙を与えなかったのです。
これに対し、日本とベトナムの男の子からなるペアは、それほど英語がうまかったわけではありません。それでもまっすぐと前を見て、観客が理解しているかを確かめるかのように、ゆっくりかみしめながら話していました。
プレゼンテーション部門の判定は、来場してくださった観客の皆さんの投票によって行われ、みごと、この日本とベトナムのペアが優勝しました。
プレゼンテーションは『プレゼント』だと言われます。プレゼントというのは贈る相手のことを考えて行うものですから、まず『あなたに伝えたい!』という態度を示さなくてはいけません。
ところが、日本で通常行われているプレゼンテーション教育は、世界の基準とは大きくかけ離れています。
先月オーストラリアに行く機会があり、そこで、日本から来た高校生によるプレゼンテーションをいくつか見ました。
どの生徒も原稿を棒読みしていたことにはがっかりしましたが、なにより驚いたのは、その姿を見て引率の日本の先生方が「よくやった!」と、満足そうな表情をしていたことです。これを聞いて皆さんはどうお感じになるでしょうか?
JAFSではプレゼンテーションで原稿を読むことを認めていません。暗記するまで何度でも練習をするように促します。
たとえば、皆さんが会社で人事採用を任されていたとしたら、原稿を棒読みするだけの学生と、相手の目を見ながらかみしめるように話す学生とでは、どちらを採用したいと思うでしょうか?
これほどまでにプレゼンテーションの重要性を子どもたちに訴えるのは、わたし自身が苦い経験をしてきたからです。
受験英語で育ったわたしが、人前で初めて英語でスピーチをしたのは23歳のときでした。これは他国から見ればとても遅い経験です。おっかなびっくりのスピーチに、インパクトがなかったことは言うまでもありません。
おまけにその後アメリカの研究者から質問攻めにあい、何をどう説明してよいのかもわからず、本当に泣きたくなりました。
このような経験を、子どもたちにはさせたくありません。しかし、残念ながら日本の初等・中等教育現場にはこのような経験をした先生方が少なく、世界基準のプレゼンテーション、さらにはディスカッションの指導が行われていないのが現状です。
努力して褒められることが自信につながる
大会の晩のレセプションは、美味しいお料理とともに、和太鼓やおみこしも呼んで盛大に行われました。レセプションでは、各国それぞれが趣向を凝らしたプレゼンテーションを行いました。今回、われらが日本チームには、国別のプレゼンテーションをまとめる時間が2日間しかありませんでした。
英語もさることながら、プレゼンテーションに対する姿勢そのものが準備できていない子どもも多く、練習ではひどい出来でした。
しかし、スケジュールの合間を見つけてチームで話し合い、各自が夜中まで練習を重ね、本番では拍手喝さいを浴びることができました。
これは、一人ひとりがチームのメンバーとしての意識を持ち、またお互いのことを思いやりながら一つにまとまった結果だと思います。もちろん誰も原稿を読みませんでした。
下の動画はその一部ですが、ここでスピーチしている彼は人見知りが強く、初日はほとんど話せなかったと、誰が想像できるでしょう!
観客から反響が得られたということは、相手に気持ちが通じたことを意味します。国際的な場で自分の伝えたいことが通じたという経験は、大きな自信になり、これからの人生でも深い意味をもつことでしょう。
わたしが数々の困難にぶつかりながらも国際合宿を催すのは、このようなチャンスを子どもたちに与えたいからなのです。
求められるのはスキルだけではなく、マナーのある人材
わたしが、よく子どもたちに言うフレーズが『A good human resource needs not only skills but also manners.』です。日本語にすれば『良い人材とはスキルだけではなく、マナーのある人』とでもなるでしょうか。
ここでマナーとは人格とか品性を指します。マナーのある人は信頼を得ることができます。信頼できるからこそ、人間は文化、習慣、言葉の壁を越えて協働できるのです。
これはプログラミングに関わる仕事だけではなく、全ての分野において言えることです。わたしの目指す科学を通した人間教育とは、このような人材を育成することに他なりません。
次回、火星が地球に接近するのは17年後の2035年です。ちょうどその頃、今の子どもたちは第一線で活躍する年代になっています。
その時に、それぞれの子どもが自分の夢をかなえられているように、これからも一生懸命に科学教育に努めていきたいと思います。
『子どもの理科離れをなくす会』
(JAFS:Junior Association of Future Scientists)
北原達正 プロフィール
大学で宇宙物理学や情報教育の教鞭をとるかたわら、2003年に『子どもの理科離れをなくす会』を発足。科学&ロボット教育を通じて、未来に通用する人材の育成に努める。(一社)国際科学教育協会 代表理事。